旅日記北海道編2004 集結(4)




第4日目 釧路湿原、根室、野付、知床、屈斜路湖、開陽台



1 根室半島で朝食を


午前6時。天気は曇りで、時折小雨がぱらつく。細岡展望台で朝を迎えた俺達は、周辺を散策した。昨夜は真っ暗で、周囲の様子は全くわからなかったが、展望台は駐車場の目の前だった。

 細岡展望台へ続く道 釧路川

 釧路湿原 野郎三人釧路湿原にて

 曇天ながら、展望台から見る釧路湿原は壮大で、同じ日本とは思えない景観である。日本の全湿地面積の60%を占めているというのも頷ける。

 今日最初の目的地は根室半島である。車を真っ直ぐ東へ走らせ、根室の街を目指した。ただ、今回の目的は日本最東端の納沙布岬ではなく、根室の名物エスカロップである。
 「納沙布岬は何度も行ってるからな。俺はエスカロップを食べたい!」松本の意見に俺も同意した。 「エスカロップなら市内の喫茶店で食べられるな。喫茶店なら朝からでもやってるだろう。朝飯に丁度いい。」
 エスカロップは根室名物の洋食で、竹の子の入ったバターライスに薄い豚カツを乗せ、デミグラスソースをかけた物である。何故このエスカロップが根室で名物になったかはわからないが、根室市内の喫茶店や食堂なら大抵食べる事ができる。逆に、根室以外ではほとんど食べる事が出来ない不思議なメニューなのだ。
 エスカロップは駅前の「ニューモンブラン」という店が発祥らしいが、今回は事前に情報収集し、非常に評判の良かった「どりあん」という店に向かった。どりあんはニューモンブランで修行した人が開いた店らしい。

 どりあんは喫茶店だけあって朝8時から営業している。店内は暖炉もあり、シックでどこか懐かしい雰囲気である。開店直後ということで、お客も少ない。
 「エスカロップ3つ!」俺はすぐに注文した。オリエンタルライス等のメニューも気になるが、やはりここに来たらエスカロップだ。「あっ!バナナジュースひとつお願いします。」松本が追加する。

 車窓から見た「どりあん」 エスカロップ

 待つこと10分程で、エスカロップが運ばれてきた。エスカロップは確か、フランス語で「薄い肉」のことを意味していると聞いたことがあったが、結構肉厚でボリュームがある。
 「うまいな〜!」ユキノリが絶賛する。確かに美味い。適度に酸味のあるデミグラスソースと豚カツ、バターライスが混然一体となり絶妙な味わいだ。朝食には重いかと思ったが、意外とさっぱりと食べられる。どうして根室以外で流行しないのかわからない。全くもって不思議なメニューだ。

 「いや〜!食った、食った。根室まで行った甲斐があったな。」松本は上機嫌だ。これから根室半島を海沿いに北上し、野付半島に向かう予定である。
 「それにしても、ちょっとさっぱりしたい気分だな。昨日は温泉に入るには入ったけど…。」ユキノリが言う。確かに昨日はカムイワッカの温泉に入ったものの、天然露天風呂では洗髪や十分な洗体ができない。
 「いい風呂がある。」俺に心当たりがあった。

浜の湯

 「野付温泉浜の湯」。俺が野付観光の際に利用する大衆浴場である。外観は簡素な銭湯風だが、アルカリ性単純温泉とナトリウム塩化物泉の2つの源泉が湧き出る豪華なもので、さらに露天風呂まである。それでも料金の方は370円と銭湯並だ。洗い場の水道から出る湯も温泉らしく、少し濁った色で、つるつるとした肌触りだ。存分にシャワーを浴び、洗体してから温泉に浸かった。いかにも海の近くといった感じのナトリウム塩化物泉は塩味が強く、俺好みだ。地元の漁師さんらしい体格のいいオヤジ達が湯に浸かりながら豪快に放歌している。身近にこんないい温泉があるなんて幸せなことだな。小雨に打たれながら入る露天風呂も非常に心地いい。

 さらに北上し、野付半島の入口に差し掛かった時メールが入った。以前、俺の旅日記を読んでメールをくれた群馬の男子大学生H野さんからである。今回、H野さんは初めて北海道を旅するということだが、その日程の一部が俺の旅と重なっていたため、都合がついたら会いませんか?とメールをもらっていたのだ。H野さんはこれから野付に向かうという。上手く時間が合うといいのだが。旅人同士の出会いも旅の醍醐味である。



2 野郎三人、雨のトドワラで憔悴する


雨が強くなってきた。俺のお気に入りであるフラワーロードも、この天気ではどこか精彩を欠く。雨天のトドワラはきっと、寂寥感を通り越しているだろう。予想はついていたが、松本とユキノリは野付半島は初体験なので、俺は黙って二人に付き合うことにした。

 トドワラは、トドマツが海水や潮風の影響で立ち枯れた林のことだ。近年は風化がかなり進み、「トドワラ跡」と称される事もある。ここ数年、俺は連続でトドワラを訪れてきたのだが、今年は果たして…。

 野付半島の碑 遊歩道のハマナス

 トドワラへ向かう遊歩道はさながら小川の様になっていた。水はけが悪いため、歩道部分が、延々と続く水溜りになっていたのだ。
 「ひでぇな、こりゃ。」松本が不機嫌になる。「おぅ、この道どこまで続くんだ?」水溜りを連続で飛び越えながら、ユキノリがぼやく。この道は晴れた日でもけっこう長く感じるのだ。こんなコンディションでは尚更だろう。
 「左側の馬車が通る道は大分ましだぞ。向こうに移動しよう。」駐車場側から見て左側は、本来馬車の通り道として使われている。だが今日は観光客が少ないせいか、馬車は運行していなかった。こちらの方も水溜りはできているものの、道幅が広い分歩きやすい。

 俺達は雑談する事もなく黙々と歩き続け、ようやくトドワラに到着した。ここまでの道中でジーンズの裾がかなり濡れてしまった。

 風化が進むトドワラ 朽ち果てたトドマツ

 俺達は木製の遊歩道を思い思いに散策した。
 「………。」俺は絶句した。先日、道東を襲った台風の影響もあるのだろう。昨年以上にトドワラの荒廃は進んでいた。昨年は、かろうじて高く残っていたトドマツも折れ、根元しか残っていない。松本とユキノリは終始無言で遊歩道を歩き、写真撮影をしている。彼らも何かこの場所に感じるものがあるのだろう。俺は昨年同様、遊歩道に備え付けられた募金箱に小銭を入れた。生命が死に絶え、朽ち果て、あるべき風景が遷り変わることは自然の流れである。それはわかっているが、俺はこの風景が少しでも長く残っていて欲しいとも思う。

 雨のトドワラ 荒涼とした風景

 メールが着信した。H野さんからである。どうやらトドワラ付近に到着したらしい。それはさておき、こんな地の果てにも電波が通じることに驚いた。俺は松本とユキノリに先に行くと言い残し、遊歩道を駆け足でUターンした。

 「野付半島ネイチャーセンター」の入口でH野さんと待ち合わせをする。群馬の大学4年生、H野さんとは初対面だが、俺がHPで顔を晒しているため、向こうから声を掛けてくれた。H野さんはなかなかの好青年だ。今回、マイカーを利用して二週間程北海道を周るという。野宿や車中泊、ライダーハウスを利用しながらの北海道一周。H野さんの撮影した写真を見せてもらいながら、"俺にもそんな時期があったな…"と懐かしい気持ちになった。本当は食事でも御一緒したかったが、松本達を待たせているためここでお別れした。

 駐車場に戻ると、松本とユキノリが車内でうたた寝していた。想像以上に、雨のトドワラ散策がこたえたらしい。俺も別海牛乳を飲みながら暫し休息した。



3 知床で鮭の遡上に涙する


再度、知床へと車を北上させる。昨日、一度行った知床に、再び戻るというのは一見無駄な動きのように思える。実際、俺の一人旅ならこのような動きはしないだろう。だが今回のような仲間との旅なら、無駄もまた一興だろう。兎に角、今日は知床へ行ってトド肉を食べ、鮭の遡上を見ようということになった。
 羅臼の道の駅にある「海馬屋たかさご」はご主人自ら捕獲したトド肉を食べさせる店として知られている。外観は普通の食堂といった雰囲気だが、店内の壁には大きなトドの剥製が飾ってある。
 トド肉の他にも、鹿肉、熊肉等も食べられるらしい。トドと鹿を両方焼いた馬鹿陶板焼定食という物もあり少し惹かれたが、今回はオーソドックスにトド肉のみにする。三人とも海馬陶板焼定食(¥1500)を注文した。
海馬陶板焼定食

 他の客を観察しながら定食を待つ。隣の外国人ファミリーは、普通の丼物や、魚等の定食を食べている。何も知らずに海馬屋に入ったのだろうか?待つこと10分程で、海馬陶板焼定食が到着した。メインのトド肉と一緒に、ピーマン、玉葱、生姜等の野菜が香ばしく焼けている。なかなか美味そうだ。他は小さな帆立の味噌汁に惣菜、漬物が付く。
 いよいよトド肉初体験だ。トド肉はレバーのような鯨のような独特の風味があるが、生姜や甘辛い特製タレのお陰であまり癖は感じられない。ユキノリはレバーが食べられない筈だが、トド肉は大丈夫なようだ。「結構、美味いな〜。」松本もガツガツと食べている。確かにご飯にも良く合い、食が進む。トド肉には精力増強や高血圧予防、小じわやニキビ、ソバカス防止と美容効果もあるらしい。食後、会計を済ませると、トド肉を食べた証明書をくれた。

 食後のデザートは「昆布ソフト」だ。ソフトクリームの上に昆布の粉がトッピングされ、昆布製のスプーンですくって食べる。意外なことに結構美味だ。

 続いて今夜の夕食に、鹿カレー、熊カレーの缶詰を購入した。その際、情報収集した結果、鮭の遡上は近くの羅臼川河口で見られるという。俺達は羅臼川に向かった。

 ラウス橋 羅臼川

 車をラウス橋付近に路上駐車し、川に下りてみる。果たして鮭はいるのか?
 ………。いた!結構沢山いる。こんな市街で鮭が見られるのか!?キラキラと光る魚影は、上流に向け必死に泳ぐ鮭の群れであった。

 遡上する鮭 遡上する鮭2

 「すげ〜な〜!」俺達は興奮して川面を見つめた。故郷の川を必死に目指す鮭たち…。中には途中で力尽き下流に流されているものもいる。よく見ると、死骸となって川原に転がっているものもいる。
 俺は胸が熱くなった。まさに、大自然の厳しさを見せ付けられた気がしたのだ。松本もユキノリも同じ気持ちなのだろう。無言のまま、いつまでも川原に佇んでいた。

 流される鮭 打ち上げられた鮭

 俺達は無料温泉である羅臼温泉「熊の湯」に向かった。俺は昨年も行っているが、地元の人が管理する清潔な露天風呂である。
 熊の湯入浴十ヶ条もそのままで、どこか微笑ましい。松本とユキノリは真剣に十ヶ条を読んでいる。熊の湯は湯の温度が高いことで有名だが、今回はどうだろうか。
 確かに熱めだ。だが、昨年に比べたらそれ程でもない。恐らく、観光客が差し湯をした後なのだろう。後から入った地元のおっちゃんも「今日はぬるいな〜!」と不満気だ。
 松本とユキノリは少し熱いらしく、十ヶ条にある通り、何度もかけ湯をしながら入っている。
 それにしてもいい湯だ。紅葉の始まりかけた風景も素晴らしい。こんないい温泉が無料だなんて、羅臼はいい所だ。

 周囲が薄暗くなり始めていた。羅臼に近い精肉店で、今夜食べるラム肉や野菜等を購入する。天気は相変わらずはっきりしないが、大丈夫だろうか。俺達は、次の目的地である屈斜路湖を目指した。



4 野郎三人、闇夜の湖を巡る


知床から一気に屈斜路湖へと向かう。結構ハードスケジュールだが、今の俺達は勢いに乗っていた。屈斜路湖では夜の露天風呂を楽しむつもりである。屈斜路湖付近に着いたのは、午後7時を回っていた。

 今回訪れたのはコタンの露天風呂である。ここは屈斜路湖に密接した、昼間なら非常に良い眺めの温泉だ。一応、温泉中央にある大きな岩で男湯、女湯が区別されている。先客に数人の男達がいたが、すぐに出て行ってしまった。これで貸切状態だ。
 夜空は厚い雲に覆われ、真っ暗である。星空を見ながら入浴したかったのだが仕方がない。
 「本当は月夜の摩周湖とか見たかったんだけどな〜。」松本がぼやいた。確かに、今回は趣向を変えて、夜の湖を巡る計画だった。だが、この天候だと摩周湖の視界はゼロだろう。
 「悪天候だけには勝てないな。」俺も非常に残念だ。だが、以前から来たかった夜のコタンを経験できただけでも良しとしよう。

 コタンの湯 千手観音

 俺は全裸で露天風呂を出て、ザブザブと屈斜路湖に入って行った。松本とユキノリが仰天している。これだ!これをやってみたかった。露天風呂からすぐ隣の屈斜路湖に飛び込むこと。夜じゃないととてもできない。
 「寒っ!」腹まで湖に浸かったところで俺は引き返し、ガタガタ震えながら露天風呂に飛び込んだ。流石に9月の北海道だ。無茶をしたら死んでしまう。「何やってんだよ!」ユキノリが呆れている。だが、一度やってみたかったのだから仕方がない。

 温泉でじっくりと温まり直し、服を着る。その時、若い女性の二人組みが現れ、挨拶してきた。「こんばんは〜♪」これから入浴するようだ。「こんばんは。」既に服を着終わった俺達は、挨拶を返し、立ち去るしかなかった。

 「………。」(ユキノリ)
 「………。」(松本)
 「…もう少しゆっくりしていったら良かったな。」(俺)
 「ああ…。」(松本)
 「………。」(ユキノリ)
 俺達三人は肩を落としながら車へと戻った。

 コタンを後にした俺達は、屈斜路湖沿いに北上し、摩周湖方面へ向かった。こんな闇夜では摩周湖は全く見えないだろう。予想はついていたが、ここまで来たら寄ってみようという話になった。車の全く走っていない道道52号へと入って行く。
闇の摩周湖

 標高が高くなるにつれて、霧で視界が悪くなっていった。ヘッドライトに照らされ、前方は真っ白に輝き数メートル先も見えない。摩周第三展望台は全く視界が利かず、散策は不可能であった。
 続いて、摩周第一展望台へ向かう。第三展望台よりは幾分ましだが、それでもまともな展望は望めそうもない。実際、真っ暗な水面が辛うじて確認できるだけである。今回は諦めるしかなさそうだ。

 俺達は今夜の宿泊場所、開陽台を目指した。腹が減ったせいか皆無口である。その時、雨がポツポツと降り始め、次第に大粒になり始めた。恐れていたことが始まったか。
 こうして俺達は、今回の旅最悪の一夜を迎えることになる。



5 野郎三人、開陽台で凍える夜を過ごす


雨は止まなかった。午後10時を過ぎた開陽台は、轟々と唸る強い風雨に晒されていた。駐車場には車は一台も停まっていない。
 「こんな時に開陽台で泊まるのは無謀じゃないか?」ユキノリが思わず口にする。俺も同感である。だが、こんな天候でも、開陽台泊が夢だと言った松本の希望は叶えてやりたい。「とりあえず飯を食おう。腹が減った。」
 ここまで天候が荒れると思っていなかったため、ラム肉等の食材を買い込んでいたのだ。兎に角、雨を避けられる場所で、急いで調理することにした。パックのライス、熊カレー、鹿カレーの缶詰を急いで鍋で温める。

 「ゴゴゴゴゴ…。」風が強く、ガスの火が安定しない。必死に火を庇い、俺達は肩を寄せ合った。奥歯がガチガチと鳴った。
 皆、ガタガタと震えながらぬるいカレーをライスにかけ、食べ始めた。味なんてわかったものではない。

 暴風の中の開陽台 極限状態の自炊

 「ななな何なんだ!?こ、この寒さは?」声が自然に震えてしまう。「とと、兎に角、肉焼くぞ、肉。」松本が肉と野菜をジンギスカン風に炒め始める。本当なら上等なラム肉なのだろう。こんな状況でも結構美味い。だが、今は早く食べ終えてしまいたかった。ジンギスカンのタレの中にウドンを入れ、最後の仕上げにする。強い風に混じって、冷たい雨も降りかかってきた。「さささ寒いな〜。はは、早く食うぞ。」ユキノリは勢い余って、ジンギスカンの濃いタレを全部飲み干してしまった。
 「さささ、寒い!か、片付けだ、片付け!!」俺達は、風雨の中、ゴミだけは残さないように片付けた。極限状態でも、マナーだけは守らないと。

 「ささささ、寒い…。早く寝るぞ。」(俺)
 「ひひ、酷いな、こりゃ。」(松本)
 「ねねねね、寝る。もう寝る。」(ユキノリ)
 俺達は車内を片付け、震える身体をシュラフに詰め込んで就寝した。とてもじゃないがテントを張る元気は無い。夜の道東の寒さは十分わかっていた筈だが、俺達はまだまだ甘く見ていたようだ。

 闇の中で一人目を開き、考える。予定通り、昨日を開陽台泊にしていれば良かったのか。予定変更が裏目に出たか。どっちにしても今回の旅では、星空の開陽台には縁がなかったらしい。なかなか難しいな。これが仲間同士で旅するということだ。楽しいこともあれば、意見がぶつかり、思い通りにならないこともある。
 明日も早い。俺は風の音を聞きながら、再び目を閉じた。



to be continued…


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