旅日記北海道編2004 集結(1)




第一日目 札幌



1 男三人寄れば
あのころの俺達

むさ苦しい男三人を乗せたHIACE LEGIUSが、外灯の全くない漆黒の夜道を走っていた。運転しているのは"松っあん"こと松本、無精髭を生やし、熊の様なガタイだが優しい目をした男である。助手席には眠い目を必死に見開いた俺。後部座席には"ユキノリ"。天然パーマがトレードマークの元ライダーだ。俺達は大学時代の同級生で、同じゼミで学んだ仲間である。今回俺達はこの三人で北海道を旅することになったのだ。

 二ヶ月前…。

 豊田市内、某K珈琲店。俺と松本はガツガツとシロノワールを食べながら北海道の話で盛り上がっていた。金はないが時間は腐るほどあった学生時代、俺達はフェリーに車やバイクを積み、何度も北海道を周遊した。社会人になった今では共に旅行する事は少なくなったが、話題は自然に北海道のことになる。
 「今年は久々に北海道行ってみっかな〜。」
 松本が言う。彼はここ二、三年は東北や九州中心の旅をしていて北海道に行っていない。
 「俺は今年も行くよ。何なら一緒に行くか?」
 俺は何となく口にした。
 「いいね〜。じゃあ、ユキノリも誘うか!」
 ユキノリは今年から東京に転勤していた。だが、メールを打つとあっさり「いいよ。」と返事が来た。驚くほど簡単に、男三人北海道ツアーが決定した。

 計画はこうである。出発は9月下旬。比較的、休暇の融通が利く松本がフェリーに車を積み、先に出発する。俺は名古屋空港から、ユキノリは羽田空港からそれぞれ飛行機に乗る。合流するのは、同じく大学時代の仲間、森が住んでいる札幌だ。この四人が揃うのは数年振りのことである。

 休暇を調整し、飛行機のチケットを取る。宿を予約する。キャンプ用品を吟味する…。折角の旅だ。綿密に計画を練らないと。

 一ヶ月前…。

 だんだん落ち着きがなくなってくる。旅の前はいつもこうだ。ひたすら急な仕事が日程に重ならない事を祈る。

 一週間前…。

 松本の車にテントや寝袋、衣類を積み込む。今回、大型車という強い味方がいるので、荷物は多めでもOKだ。

 当日…。

 朝まで仕事だった。目立ったトラブルもなく仕事を片付け、空港に向かう。余裕を持って飛行機を取ったので、空港で二時間程待つことになった。立ち食いのきしめんを食べ、売店をうろうろしながら高鳴る鼓動を必死に押さえる。出発前の、この待ち時間は何とも楽しい。
 いよいよフライトの時間だ。西に傾きかけた太陽を横目に、飛行機は名古屋空港を飛び立った。北海道の寒さに備え、羽織った革ジャンは名古屋ではまだ暑苦しい。しかし、二時間後にはきっと役に立っているだろう。夜勤明けで眠い筈なのに、頭は冴え渡っている。ANAの情報誌に目を通し、音楽を聴いているうちに、あっという間に飛行機は着陸態勢になった。湿原や、川、ゴルフ場等の風景がだんだん近付いてくる。さあ、いよいよ一年振りの北海道だ。



2 集いし"イージュー"たち


札幌テレビ塔

千歳から列車で札幌に向かう。途中、札幌在住の森にメールを入れ、札幌の大通公園で待ち合わせることにした。午後5時30分、約束通り森と再会する。森は大学時代、スキーのインカレで優勝した実績もあるスポーツマンだ。彼とは一年振りの再会である。  東京を発ったユキノリは、俺より少し到着が遅れているようだ。ユキノリは札幌周辺に不案内なので、森の車に乗り、札幌駅で待つことにする。待つこと10分。ユキノリと合流する。残るはフェリーで既に北海道に上陸したはずの松本だけだ。室蘭に上陸した松本は、夕方の渋滞の中、今頃は必死に札幌に向かっている筈だ。
 「4人揃ったらスープカレーを食べに行こう。」俺が言った。札幌での目的の一つが、数年前から流行っているスープカレーだ。松本の到着までにはまだ少し時間があった。今日はきしめんしか食べていないので、流石に小腹が空いてきた。スープカレーの前に何か食べに行くとすると…。
 「ラーメンだ!」全員一致である。松本には悪いが、先に軽くラーメンを食べに行くことにした。

 今回は、横浜のラーメン博物館にも入っている「すみれ」の本店に行くことにした。外観は和風で、なかなかお洒落である。店の前には20人程の行列が出来ていた。流石は人気店だ。
 俺は味噌ラーメンを注文した。ここの味噌は、ラーメン博物館で何度も食べたことはあるのだが絶品である。ラーメン好きの俺は、以前は「味噌ラーメンは邪道だ、いくらでも誤魔化しが効く。」と思っていたのだが、ここの味噌ラーメンを食べてから考えを改めた。本店で食べる味噌ラーメンも当然のことながら美味い。分厚いラードの層が茶褐色のスープの上を覆っている。そのため全く湯気が出ていないが、箸でラードの層を破るともうもうと湯気が上がる。縮れた麺に熱く濃厚なスープが絡み、美味い。通常、味噌ラーメンのスープは単調な印象を受けるのだが、すみれのスープは味に奥行きを感じる。  この後スープカレーを食べるので、腹を空かしていないといけないと判っていながら、ついついほぼ飲み干してしまった。
 そうしているうちに松本から札幌に着いたとメールが入った。これから向かうスープカレーの店の店名と電話番号をメールで送る。ナビに電話番号を入れれば、簡単に店を検索できるのだ。

 松本とは、その店…「マジック・スパイス」で直接合流する事になった。マジック・スパイスはスープカレーの有名店で、郊外にあるのにずいぶん混み合っている。駐車場が少ないため停めるのに苦労した。
 「おっす!」半袖、短パン姿で松本の登場だ。どこかに路上駐車してきたらしい。これでメンバーは揃った。
携帯で撮ったので写真が悪いがマジックスパイスのスープカレー  マジック・スパイスの店内はいかにもインドやネパール風といった雰囲気である。俺達は広い二階の席に案内された。カレーは定番のチキンを選ぶ。辛さは"虚空"、"天空"、"悶絶"等の7段階の中から選べるようだ。俺は"涅槃"を頼んだ。これで中辛位だという。トッピングも豊富で、俺はモッツァレラチーズを入れてもらった。10分程待っていると、次々とスープカレーが運ばれてきた。
 意外に透明感のあるスープに黒っぽいスパイスが浮かび、上には白い揚げ春雨が乗っいる。見た目も鮮やかだ。淡く色づいたサフランライスをスプーンにすくい、スープに浸し、口の中に放り込む。
 「辛っ!」
 一口食べるとまず鮮烈な辛味が広がった。皆、鼻をすすったり、むせたりしている。だが、その後で複雑な旨みが出現する。単純な辛さではなく、後を引く辛さである。スープの下には卵と、驚く程多数の野菜が入っている。美味い!正直、「やられた!」と感じた。メインのチキンは軟らかく、スプーンで簡単に身が離れる。野菜も適度に歯応えがあり、さらにトッピングしたモッツァレラがクリーミーにスープに絡まる。よく考えてみると、これだけの具が入っていながらスプーン一本で全て食べられる。すべての具材が計算され尽くしたバランスでこの一皿に入っているのだ。これは病みつきになりそうである。札幌に住んでいたら毎週通ってしまうだろう。
 「なまら美味いっしょ?」森が尋ねると皆一斉に頷いた。

 マジック・スパイスを出ると、時間は午後9時をまわっていた。先程から森がしきりにメールを打っていたのだが、どうやら知人の女の子を呼ぶらしい。すすきのの居酒屋に移動し、待っていると、おねえちゃん達が現れた。北海道最初の夜、知らないうちに合コンが始まってしまった。

3次会

 「かんぱ〜い!」ぎこちない乾杯と共に、奇妙な飲み会が始まった。車の運転をする森と松本に合わせて、俺も酒は飲まない。おねえちゃん達はガンガン生ビール等を飲んでいる。正直俺は久し振りに会った4人でゆっくり語り合いたかったのだが、折角、森が気を利かせたのだからと思い、ちびちびとウーロン茶を飲んでいた。案の定、松本は黙って窓の外の夜景を見ている。松本はこう見えて硬派な男なのだ。折角の旅の初日に水を差されたように感じたに違いない。ユキノリはけっこうお調子者で、生ビールを飲みながらおねえちゃん達と語らっている。飲み会は中途半端なままだらだらと続き、結局、場所を森のアパートに移して午前2時まで続いた。
 「なんか悪い事したな。また会おうな!」松本や俺の疲れた表情を見て、別れ際に森が謝った。「何言ってんだ。楽しかったよ。また会おうな。」俺は森に手を振った。

時計台前にて

 森と別れ、三人になった俺達は、札幌時計台の前に来ていた。
 「なんか、最初から疲れちまったな…。」松本がつぶやく。俺は無言で頷いた。
 今回の旅にワイルドにいきたい。さあ、気分を変えて出発だ!次のの目的地は旭川である。
 HIACE LEGIUSが静かにエンジン音をあげる。車は眠らない街・札幌を離れ、次第に外灯の少ない郊外へと向かっていく。俺がMDを入れると、小気味良いビートに乗って、懐かしい曲が流れた。奥田民生の「イージュー★ライダー」。俺達が学生時代に流行っていた曲である。俺は今回の旅に備えて、俺達が旅をした頃・90年代の名曲を編集しておいたのだ(※"イージュー"とは業界用語で30のことらしい)。
 ♪僕らは自由を、僕らは青春を…。30代に近付いた今なら、あの頃よりもこの曲の意味がわかる気がする。
 むさ苦しい男三人を乗せたHIACE LEGIUSは、微かに緋色に染まった稜線の彼方を目指し走り続けた。



to be continued…


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