旅日記北海道編2004 集結(3)




第三日目 カムイワッカ、知床五湖、釧路



1 野郎三人、カムイワッカに挑む


翌日は曇りだった。雨が激しかったら知床行きを諦めるつもりだったが、これなら何とかなりそうだ。朝市を一通り見た後、俺達は知床に向けて車を走らせた。

 途中、能取湖で、丁度見ごろに色づいたサンゴ草を見る。湖一面に広がる赤い絨毯はなかなかの迫力だ。餌を啄ばむ水鳥の白い色と、サンゴ草の赤との対比が美しい。

 能取湖のサンゴ草 サンゴ草と水鳥

 網走を抜け、真っ直ぐ東へ向かう。「知床で熊見るぞ〜!」松本は曇天にかかわらずテンションが高い。いよいよ、地の果てる場所(シリエトク)、知床半島に突入した。

 今回、俺達は「カムイワッカ湯の滝」に登ることに決めていた。カムイワッカ湯の滝は、滝壺がそのまま温泉になった、知床らしいダイナミックな温泉である。俺は今回で三回目であるが、松本とユキノリは初めてだ。俺はこの二人にも、是非感動を味わってもらいたかったのだ。

 道道93号からダートに入り10km程走ると、滝の入口に到着する。車が沢山道に沿って駐車されている。相変わらず観光客が多いようだ。車内で短パンにはき替え、軍足とゴム草履を履く。準備万端だ!
 川の中をザブザブと進んでいく。下流の方はまだ水は冷たい。これが上流になる程、水温がだんだん高くなっていくのだ。岩を乗り越え、水しぶきを上げ、どんどん上流へと進んでいく。川歩きは童心に帰してくれ、理屈抜きに楽しい。振り返ると知床の海が見える。晴天だったらもっと見晴らしがいいだろう。調子に乗って、ついつい松本とユキノリを引き離してしまった。
 途中、いくつかの険しい岩場を越える。ユキノリが尻餅をついた他は、特にトラブルなく最難関の岩壁に到着した。この岩壁を登れない人は、岩場の下にある湯船に入っている。天然温泉には不似合いなセクシー水着を着用したおねえちゃん等、場違いなカップル達が湯船で戯れていた。
岩壁

 「えっ!?これを登るの〜?」松本とユキノリはやや引き気味である。確かに、この岩壁は4mほどあり、下から見ると垂直に見える。
 「大丈夫。あんなおばちゃん達でも登ってるだろ。」数人のおばちゃん達が、丁度岩壁を降りている所だった。おばちゃんの一人が、真下に下りるのを怖がるあまり、真横の方に移動して身動きがとれなくなっていた。
 「………。」「…まぁ、兎に角、俺が先に登るから。」俺は草履を脱ぎ、タオルで縛って首に掛け、両手を使えるようにしてから岩に組み付いた。天然の岩は、意外に足場がありスルスルと登っていける。俺が軍足を履いているのはこの岩場のためである。松本、ユキノリも後に続く。
 因みに、この岩壁を避け、湯船の上を左側から回りこんで登る緩やかなルートもあるのだが、これは湯船に人が入っている場合落石の危険があるのでお薦めしない。

 カムイワッカ・川の中を行く 滝壺

 この最難関を越えれば、目的地まであとわずかだ。飛沫をあげる大きな滝と、滝壺が見えてきた。結構人が多い。俺は躊躇することなく全裸になり、湯船に入る。温泉に入るのに何故水着が要るのだ?松本達も続いて入ってくる。 滝壺にて

 「深いから気をつけて。」俺が言った瞬間、ユキノリが滝壺に沈んだ。「ぶはっ!酸っぺ〜!!」

 ここの湯は非常に酸性が強い。天然の滝壺なので、深いところだと2メートル位あるのだろうか。俺が滝壺を平泳ぎで移動する際も、鼻腔に湯が入り涙が出て来た。
 「すげ〜な〜!」松本も絶賛する。熱い湯の滝が轟々と流れ込む滝壺。日本中探しても、これ程豪快な温泉はそうないだろう。俺達は、まさに知床の大自然を肌で感じていた。

 帰り道。すれ違った60歳位のおばちゃんが聞いてくる。「この先私でも登れますか?」
 おばちゃんの能力的なことはわからないので答えようがないが…。「もっとお年寄りの方も登ってたので大丈夫だと思いますけど。」しまった。「お年を召した方」と言った方が良かったか?
 街中を歩くような格好をした若いカップルも聞いてくる。「この先まだありますか?」
 「まだまだ先ですよ。もっと険しくなります。」カップルは「え〜っ!じゃあ、帰ろっか〜。」と言いながら引き返していった。

 毎年、カムイワッカでは怪我人が出て、救急車が来る事態になっているという。いくら観光地化されているからといって、ここに来るにはそれなりの覚悟と準備が必要だと思う。



2 知床五湖は鹿パラダイス


俺達は知床五湖に向かった。やけに五湖方面に向かう車が多く嫌な予感がしていたのだが、思った通り駐車場の手前から渋滞している。知床観光のメインといもいうべき場所なので仕方がないのだが。  駐車するまで15分程時間をロスし、俺達はぞろぞろと遊歩道へ向かうツアー客と一緒に一湖へと歩き出した。

 知床五湖はその名のとおり、原生林に囲まれた五つの湖である。湖はシンプルに一湖から五湖と呼ばれており、一湖から五湖までのコースだと約1時間、短縮した一湖、二湖のみのコースならおよそ20分位で観光できる。今回、夕方までに釧路に着かなければならないため、一湖、二湖の短縮コースを選択した。

 知床五湖一湖 牡鹿

 生憎の曇天であるが、知床連山をその湖面に映す一湖の景観はなかなか美しい。波のない湖面はまるで鏡のようだ。空が蒼かったら場合の美しさはこの比ではないだろう。そんなことを考えながら一湖をぐるっと周る。それにしても観光客が多い。風景の一部に人の群れが入りこんでしまうのが不満だが、俺も観光客の一人なのだから仕方がない。
 「おい。鹿がいるぞ!」松本が声を上げる。確かに湖の向こうの小高い岡の上に鹿が見えた。立派な角のある牡鹿だ。流石に最果ての地・知床である。

 続いて二湖へ向かう。二湖は原生林に埋もれ、一湖よりもひっそりとした雰囲気である。二湖を横目に遊歩道を行くと、草陰がごそごそと動いた。
 「!!」まさかヒグマか!?

 知床五湖二湖 草陰に牡鹿が

 何のことはない。また牡鹿である。草や原生林の隙間から大きな角が見え隠れしている。松本とユキノリは必死に鹿の撮影をし、それにつられて他の観光客も足を止めて人だかりが出来始めた。
 「おいおい。あんまり時間ないぞ。」俺は少し苛立っていた。今夜の目的地・釧路まではけっこう距離がある。それ程ゆっくりしていられないのだ。
 俺は一人先にその場を後にし、売店で二人を待つことにした。よく考えると、今日は昼飯を食べていない。空腹だとどうしても気が短くなってしまう。俺は「いももち」を食べながら反省した。折角の旅だ。気長に楽しまないと。

 「流石知床だな〜。」松本達は興奮冷めやらない様子で戻ってきた。

 知床五湖の駐車場を後にし、知床横断道路方面に向かう途中、松本が突然車を停めた。
 「おい!見ろよ!!」
 道路脇のちょっとした空き地に、鹿が十匹以上群れをなしていた。まるで鹿の牧場のようだ。先程、あれだけ珍しがって写真を撮ったのを笑っているように、鹿はのんびり草を食んでいる。
 うん、流石は知床。野生動物のテリトリーに入り込んでいるのは俺達の方なのだ。俺達旅行者は謙虚な気持ちを忘れていはいけない。

 知床の鹿群 霧で視界零の知床峠

 知床横断道路は次第に霧が深くなり始めていた。空も分厚い雲に覆われている。いよいよ天気予報が当たりそうだ。



3 釧路の中心で「うめぇ!」と叫ぶ


知床半島から真っ直ぐに釧路へと向かう。北国の日没は早く、周囲は既に暗くなり始めている。防風林越しに見える夕焼けが美しい。しかし日が沈みきると、外灯のほとんどない北海道の道路は漆黒の闇に包まれる。
防風林越しの夕焼け

 フロントガラスをぽつり、ぽつりと水滴が叩いた。ついに降ってきたか。流石に皆疲れたのか、ずいぶん口数が減っている。

 釧路では、俺の研修同期の"なべさん"に再会し、そして、なべさんのお母さんが経営する「喫茶ローゼ」に行くことになっていた。ようやく釧路に到着すると、既に午後7時をまわっていた。

 喫茶ローゼは渡邊松子さんが経営する喫茶店で、地元ではフクロウの喫茶店として有名である。渡邊さんはエゾフクロウに魅せられ写真を撮り続けている写真家で、ローゼ店内にはフクロウの写真や置物で一杯だ。俺がローゼを訪れるのは5年連続になる。
 ローゼは午後7時閉店のはずだが、渡邊さんは俺達を待っていてくれた。
喫茶ローゼ

 「久し振り〜。」1年振りに会う渡邊さんは、とても元気そうだった。昨年は俺が帰った翌々日に十勝沖地震があったのだが、幸いにもローゼの被害は少なかったようだ。
 三人でカウンター席に腰掛ける。珈琲をご馳走になりながら俺達はようやく一息ついた。ここの珈琲はとても薫り高く、味に奥行きがある。松本とユキノリはこの店を訪れるのは初めてだが、渡邊さんは気さくに話しかけてくれ、新作のエゾフクロウの写真を見せてくれた。最近では、東京でも写真展を開催したり、VISAカードに写真が使われたりと、益々活躍されているようだ。
 「あっ!」TVに目をやった松本が、短く叫んだ。TVでは天気予報をやっていた。何と明日も雨だという。「昨日は、翌日は晴れだって言ってたのに!」松本が暗い表情になった。それだけ彼にとって開陽台泊は重要なのだ。
 なべさんはまだ仕事が終わらないらしい。俺達は喫茶ローゼを後にし、釧路港で待つことにした。帰りがけに、また新作の写真と絵葉書をいただいてしまった。

釧路の港

 小雨の降る釧路港で、俺達はなべさんの連絡を待った。霧の立ち込める港は汽笛が響き、独特の風情がある。その時、俺の携帯が鳴った。
 「おえ!今終わった。」なべさんの"おえ!"という呼びかけは健在だ。

 歓楽街の駐車場に車を停めると、なべさんが駆け寄ってきた。
 「おえ〜!生きてたか〜。」なべさんとは約一年振りの再会である。

 今回行ったのが、居酒屋「梵天」である。なかなか上品な店構えだ。二階の座敷に通され、4人でテーブルを囲む。なべさんと松本、ユキノリはもちろん初対面である。柔道の猛者であるなべさんは、体格のいい松本をまじまじと見ながら言った。「何か格闘技でもされてるんですか?」

 「再会と出会いに、かんぱ〜い!」少しぎこちないながらも4人での宴が始まった。なべさんも俺達も車なので、ソフトドリンクでの乾杯である。
なべさんin梵天

 なべさんが手際良く注文する。刺身の盛り合わせ、梵天風ザンギ、海老マヨネーズ炒め、めんたいジャガバター、秋刀魚のたたき、生牡蠣…。付け出しはイクラである。
 「さあ、どんどん食え!」今日のおすすめの値段が書いていないのが気になったが。とにかく食べるとしよう。
 「うめぇ!!」久々にこの絶叫が出た。
 今が旬の秋刀魚のたたきや刺身類は新鮮そのものである。海老マヨネーズはエビフライにでも使えそうなほど巨大な海老だ。梵天風ザンギはサラダ風に仕上げられており、どれもこれも一手間も二手間もかけられている。ユキノリは一人だけ生ビールに変更し、魚介類に舌鼓を打っていた。

 「開陽台か〜。明日も雨だと、ちょっと辛いかもしれないべ。」明日は開陽台泊だと言うと、なべさんがアドバイスしてくれた。
 「そうですか。でも開陽台で泊まるのは俺の夢なんです。」松本は、開陽台への情熱を熱く語り始めた。
 「それより、今日の泊まる場所を何とかしないといけないな。」俺は今日の宿泊場所が気になっていた。釧路周辺で泊まるつもりだが、まだ詳しい場所は決まっていない。

松本&ユキノリin梵天

 大食漢が4人もいるのだ。皿はあっという間に空になり、その都度追加注文をしていく。松本もユキノリも結構人見知りするタイプなのだが、北海道好きという点が話が合うらしく、宴会が進むにつれて次第になべさんと打ち解けていった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。予想通り結構高めの会計を済ませ、俺となべさんは固く握手を交わした。
 「ごめんな〜。おえ!あまりお構いできなくて。」なべさんがすまなそうに言った。だが、急な予定の変更で迷惑を掛けたのはこっちの方だ。
 「ありがとう。また会いましょう。おえおえ!」
 「おえ!また釧路に来い!待ってるぞ。」
 俺達三人は、夜霧の中に消えていくなべさんに手を振って見送った。さて、今夜はどこに泊まろうか。

 とりあえず釧路湿原の方へ行こうと話がまとまり、俺達は湿原の方へ向かった。  「展望台の駐車場なら、トイレと水道位あるだろう。」松本が言う。真っ暗なダートをどんどん進むと、細岡展望台の駐車場に到着した。一応トイレはあるようだが、夜間は消灯しているらしく真っ暗だ。時間は午前零時を回っていた。
 「もう疲れたな。ここで寝るか。」小雨も降っているし、次の宿泊候補地を探す気力は既になかった。車内の荷物を片付け車中泊の準備をする。松本は助手席を倒して、俺とユキノリは二列目、三列目を倒して就寝する。野郎三人でも十分寝られるのだからHIACE LEGIUSという車はなかなか大したものだ。真っ暗な窓の外を眺めながらシュラフに包まる。明日は晴れるといいのだが。
 松本とユキノリの寝息を聞いているうちに、俺の瞼も次第に重くなっていった。




to be continued…


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