旅日記北海道編2005 離島(6)





第6日目


1 甘露泉水


明。周囲の騒がしさに目を覚ました。階下から話し声や荷造りする音が聞こえる。登山者達がこれから出発するのだろう。俺はもうひと眠りすることにした。


 午前6時30分、起床し、身支度を済ませた。マルゼンでは朝食もフェリー乗り場の食堂で食べるので、宿の車に送ってもらう。朝食後、すぐに行動できるように大きな荷物は宿に預かってもらい、チェックアウトも済ませておいた。林道を行く

 灯台巡りのおっちゃんと一緒に食事をした。おっちゃんとはこれでお別れだ。この後すぐのフェリーで稚内に戻るというおっちゃんに別れを告げ、俺はフェリー乗り場を後にした。

 新千歳行きの飛行機は午後三時過ぎで、まだまだ時間はある。結局、今日もバイクを借りることにした。昨日と同じシルバーのDioに跨り、鴛泊登山道入口の方に向かった。爽やかな細い林道を駆け抜けると、少し開けた場所に出た。北麓野営場である。付近にはテントを張っている人もいる。俺は駐車場にバイクを停め、登山道を歩き始めた。

 もちろん俺は登山するつもりではない。登山道入口付近にある湧き水、「甘露泉水」が目当てである。

 利尻富士に降った雨や雪は、地下水となって何十年の時を経て、地上や海中に流れ出す。甘露泉水と呼ばれる湧き水もその一つで、日本名水百選にも選ばれた最北の名水だ。鴛泊登山道3合目付近にあるので、登山者達はこの水を汲んで山に挑んでいくのだという。

 道端に咲くキンポウゲ等を横目に、なだらかな登山道を500メートル程進むと、甘露泉水が静かに湧き出していた。

甘露泉水の前で

 空のペットボトルに汲み、飲んでみる。冷たく、微かな甘みを感じた。沢山のミネラルが含まれているのだろう。ペットボトルに水を入れて、俺は登山道を引き返した。

 もっと時間があれば、利尻富士を登ってみたかったのだが。礼文も自分で歩いてみないとその姿がわからないように、やはり利尻を知るには利尻富士を登る必要があるのだろう。今回の旅では叶わなかったが、次は利尻富士登山にも挑んでみたい。

 原付に跨り、再度出発する。今日は、利尻を昨日と逆に回ってみるつもりだ。また違った利尻の姿が見られるかもしれない。





2 利尻逆回り
原付で行く


を逆時計回りに走る。昨日より風が強い。深く被ったヘルメットに、ゴウゴウと音を立てて向い風がぶつかった。道路の表示板には、気温15℃と表示されている。

 ふと思いついて、海側の小道にバイクを向ける。廃屋が立ち並ぶ寂しげな風景がそこにあった。

 民家だったのか漁師の小屋だったのか、崩れかけた廃屋が熊笹に埋もれるように残っている。

 周囲に人の気配はない。人が出入りしなくなって何年経つのかわからないが、恐らくその何倍もの時間をかけて朽ち果て、自然に還っていくのだろう。俺は、この寂しげな風景が何となく気に入り、しばらく静寂の中に佇んでいた。

 脇道を行く 廃屋を眺める

 バイクを南下させると、エゾカンゾウの咲く原野に多数の海鳥が群れているのを発見し、思わずバイクを停めた。
 !!!
 凄い!物凄い数のウミネコが原野を埋め尽くしていた。利尻には日本でも最大級のウミネコのコロニーがあるそうだが、これもその一部だろうか。ウミネコもこれ程集まると異様な光景である。

 群れるウミネコ ウミネコを望遠レンズで

 海を横目にさらに南下する。昨日は素通りした龍神岩や寝熊の岩、人面岩といった奇岩にも停車する。説明文を読みながら岩を眺め、「あぁ、そうか。」と一応納得するが、こういった奇岩にはそれ程の感慨はない。

 龍神の岩 人面岩

 バイクは快調に走り続ける。天気もいい。ただ、昨日と同様に利尻富士の山頂は雲で隠れていた。メヌショロ沼を再度散策した後、オタトマリ沼で休憩することにした。

 駐車場にバイクを停め、沼に駆け寄る。……。やはり利尻富士は雲で隠れたままだ。間近で晴れ渡った利尻富士を見たかったのだが…。

 気を取り直して、昨日ウニ丼を食べた「利尻・亀一」に入る。ウニの軍艦巻き3巻1,000円と焼きトウモロコシを注文した。店のおばちゃんは、俺が昨日も来たことを憶えていてくれた。

 ウニ軍艦巻き 熊笹ソフト

 鮮やかなオレンジ色のエゾバフンウニを食べる。濃厚な味が口中に広がった。やはりバフンウニは別格だ。今回の旅で、バフンウニはこれで食べ納めと思うと少し寂しい。
 昨日と同様、半額サービス中の熊笹ソフトを買い店を出ると、心地いい風が吹いていた。

 振り向くと、風に雲が流されていく。

 雲に隠れた利尻富士 利尻富士が一瞬顔を出した

 先程まで隠れていた利尻富士の山頂が、今、鮮やかに姿を現していた。島を去る旅人に、利尻富士が最後に微笑んでくれた。そんな気がした。



3 さらば離島よ


沼は静寂に包まれていた。利尻での残り時間、俺は姫沼周辺を散策することにした。昨日は駆け足で見学したので、今日はゆっくりを沼を一周歩いてみようと思ったのだ。他の観光客も少なく、のんびり散策できそうだ。

 水面に沢山のウミネコがいた。真水で塩を落としているのだろうか。バシャバシャという水音と、野鳥の鳴く声だけが聞えてくる。

 名残を惜しむように、俺はゆっくりゆっくりと1周800メートルの遊歩道を歩いた。鬱蒼と茂った緑を映した神秘的な水面。しかし、少し歩くと空の蒼さをそのまま映した陽的な美しさも見せてくれる。同じ沼でも、場所を変えるとずいぶん表情や雰囲気が違うものだ。

 姫沼のウミネコ 姫沼

 レンタルバイクを返却し、マルゼンに向かう。荷物を預けてあったし、利尻空港までの送ってもらうことになっていたのだ。チェックアウトした人まで面倒をみてくれるとは、物凄く親切な宿である。

 車で送ってもらいながら、宿のお兄さんと話をする。
 「やっぱり利尻の良さをわかってもらうには利尻富士に登って欲しいです。とても奥の深い山なんですよ。冬はスキーとかもやって欲しいです。海に向かって滑っていくのは最高ですよ。」
 もう一泊できれば登山もしたかったのだが。利尻富士は次回チャレンジしてみたいと思う。
 「今度は彼女を連れてきてください。」
 最後に痛い所をついてきた。

 利尻空港に到着した。想像通り小さな空港である。滑走路を歩いて飛行機に向かうというのは初めての体験だ。小さな飛行機だけあって、ほぼ満席である。

 利尻空港 滑走路にて

 飛行機が離陸した。小さな窓から利尻と礼文を見下ろすと、様々な思いが甦ってきた。俺の感傷とは無関係に、両島はどんどん遠ざかり見えなくなる。来る時はあれ程時間がかかったのに、飛行機だとあっという間で今ひとつ情緒というものが足りない。

 俺はそっと心の中でさよならを告げた。美しき島よ。素晴らしい思い出をありがとう。いつか、必ず戻ってくるよ…。

 程なくして、飛行機は着陸体制に入っていく。窓を雨粒が叩き始めた。新千歳は雨だった。



4 雨の札幌


千歳から列車で札幌に向かう。今日は札幌のホテルに泊まり、大学時代からの友人・森と再会する予定だった。

 札幌は雨だ。俺が道北で快晴を楽しんでいる間、本州ではずっと大雨だったというから、ようやく雨の方が追いついてきたのだろう。俺はコンビニで荷物の大部分を送り、すっかり身軽になった。

 ホテルにチェックインし、少し休憩した後、俺は夕食を食べに行くことにした。森は仕事が忙しく、毎晩帰りが遅いのだ。エスのチキンベジタブル

 今夜のお目当ては、昨年食べてからすっかり気に入ってしまったスープカレーである。ホテルから近いこともあり、今回は「カレーショップ エス」という店を選んだ。
 地下にある店舗に入っていくと、落ち着いた内装でお洒落な雰囲気だ。けっこうお客が入っており、女性が多かった。カウンター席があり、一人でも入りやすい。俺はチキンベジタブルとアイスティーを注文した。
 スープカレーが運ばれてきた。スープの量がけっこう多く、野菜も大きく切られ食べ応えがありそうだ。この店ではユニークなことに、辛さの段階を銃や武器の口径で表していて、22口径(中辛)や32口径(辛口)、357マグナム(大辛)等があり、甘口では銀玉鉄砲やBB弾、辛口ではトマホークやICBMというのがある。俺は無難に32口径にした。ライスをスープに浸して食べると、鮮烈な辛さが舌を走った。なかなかパンチが効いている。それでいて和風だしを使っているのか深みのある味だった。
 そして、メインのチキンだ。タンドリーチキンがまるごと入っている。マジックスパイスは煮込んで身離れのいいチキンだったが、焼いたチキンも香ばしく、これはこれで美味しい。
 食べ終えるとスパイスの発汗作用の所為か、けっこう汗をかいていた。

 ホテルに戻り、森が仕事を終えるのを待つ。午後10時過ぎになって、ようやく仕事が終わったとのメールが入った。待ち合わせの大通公園に向かう。

 テレビ塔 時計台

 「よう!」
 見覚えのあるセダンが停まり、森が顔を出した。今年の冬以来、半年振りの再会である。

 毎度のことだが、森と会う時は、その時お薦めのラーメン屋に連れて行ってもらうことにしている。今年は「くら吉(くらきち)」白石店に連れて行ってもらった。
 くら吉には初めて入ったが、落ち着いた店構えで、店員も元気が良くなかなか好印象である。この時間でもけっこうお客が入っている。

 くら吉の醤油 くら吉にて

 二人とも醤油を注文した。どのメニューもけっこう安めで良心的である。札幌ラーメンらしい濃厚なスープに、縮れた麺がからまって美味だった。

 くら吉を後にし、いつものように遠回りに送ってもらう。土産に、利尻で買った烏賊のウニ詰めを渡した。
 「そうか、今回は利尻と礼文か。俺はまだ行ったことないべ。羨ましいな。」
 「ああ。ウニが美味しかったよ。」
 「ウニか。積丹に食べに行ったな〜。懐かしいべ。」
 森とは以前、積丹半島をドライブし、ウニ丼を食べに行ったことがあった。
 「またドライブでも行きたいな。たまにはゆっくり休めよ。」
 相変わらず森はほとんど休みなく働いているようだ。会う度に過労死しないかと心配してしまう。

 ホテルの部屋に戻った俺は、窓から小雨に煙る夜景を見下ろし、一人安ワインを掲げた。北海道最後の夜は静かに更けていった。



to be continued…


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