旅日記北海道編2005 離島(4)第4日目 1 8時間コース @ 昨晩は眠れなかった。いつでもどこでも眠れるのが特技である俺にとっては珍しいことだ。午前2時ころ、寝苦しくて目を覚まし、それから一睡もできなかった。そのことが、今日の「8時間コース」の行程に暗い影を落とすことになるのだが、その時の俺はあまり深く考えていなかった。
すっきりしない頭で準備を済ませ、朝食を食べに行く。今朝は和食を選択した。鯖やつぶ貝、竹の子、岩海苔の味噌汁等の朝食を美味しくいただいた。朝食は和食をメインに考えていると彦さんが言っていただけあって、品数豊富である。これは明日も和食にした方がいいようだ。
そして、恒例の送別会となる。今日礼文を離れる人は少ないようだ。送別会の後、8時間コースの壮行会になった。彦さんが、ギターをかき鳴らしながら、となりのトトロの「さんぽ」の替え歌を歌う。
今回8時間コースを歩くのは、リーダーを務める「こんちゃん」の4人グループ、おじちゃん3人とおねえさん2人の天文サークルのグループ、登山家のお兄さん、写真家のお兄さん、急遽今朝参加を決めた「ミスター・トド島」ことTさん、そして俺。男9人女4人、合計13人という大所帯だ。
星観荘でいう「8時間コース」というのは、一般の8時間コースとは逆方向、つまり「逆8時間コース」ということになる。桃岩荘等は島の南に位置するので、島の最北端であるスコトン岬をスタートして南下し、それぞれの宿を目指す。逆に、星観荘は島の南東に位置する香深井(かふかい)から宇遠内(うえんない)を横断し、そこから北上してスコトン岬を目指すというものだ。
車二台で香深井まで送迎となる。宿を挙げての見送りに手を振り返しながら、俺は身体に少し違和感を感じていた。だが、もともと朝の弱い俺は、それ程気に留めなかった。
香深井に到着した。皆で記念撮影し、海岸で海水を触る。香深井と宇遠内の海に手を入れるのが、このコースの儀式らしい。さあ、いよいよ逆8時間コースのスタートだ。
しばらく森を歩く事になる。昨日は全く木の生えていないコースだったので、逆に新鮮である。この程度の山道ならどうってことはない。単調な森のコース。仲間達とぎこちなく自己紹介等しながら歩いて行く。やがて森を抜けると、一転して見晴らしがよくなった。
「ごめんなぁ。今日はあんまり用意してないんだ。」
おばあちゃんがすまなそうにしている。他の人も注文しようと押しかけたが、在庫が5つしかなく、ほとんどの人が食べられなかった。早目に注文してラッキーだった。
おが屑と微生物で排泄物を分解する「バイオトイレ」で用を足し、出発する。
ここからは海岸を北上することになる。けっこう大きな岩がゴロゴロし、歩きにくい海岸だ。岩を飛び越え、時には両手を使って岩を乗り越え先に進む。
「ミスター・トド島」ことTさんは巨大な流木を拾って持ち歩いている。俺も小さめの流木を拾った。帰ったら削って茶杓を作ろう。銘は、「異国」なんてどうだろう。ぼんやりそんな事を考えながら歩く。
また、昆布らしき物も沢山打ち上げられている。おじちゃんの一人がそれをかじっていたので俺も真似した。うん、まさに昆布だ。グルタミン酸の旨みが広がった。
海岸を抜けると、大きな崖が立ちはだかっていた。簡単な木製の階段があるものの、結構急である。登るには横に張られたロープが頼りだ。ここは通称「砂滑り」といわれる場所だ。正規の8時間コースでは、この階段横の崖を滑り降りるらしい。ここで助け合って降りた男女がカップルになることもあるらしい。8時間コースが、「愛とロマンの8時間コース」と形容される所以である。
休み休み登っているのだが、この坂は結構こたえる。確かに急な坂なのだが、疲労とは別に、俺の身体の異変は本格化していた。軽い吐き気と頭痛。おかしい。水分は摂っているのだが。それでも俺は団体行動で迷惑を掛けてはいけないと思い、必死に登った。
「砂滑り」を登りきった。今度は北へ向かう長い長い山道だ。だが、俺の体調は益々悪化していた。吐き気と頭痛が酷くなり、額に脂汗が滲んでくる。
熱中症だ…。
非常にまずい事態だ。水分は十分摂っていた。恐らく、電解質のバランスが悪くなったか、首や頭に想像以上に強い日差しが当たっていたことが原因だろう。それと睡眠不足。悪い条件が重なったのだ。
リーダーに調子が悪い事ため、皆に先に行ってもらうよう告げた。だが、リーダーの「こんちゃん」は他のメンバーを先に行かせたものの、自分は付き添ってくれた。そればかりか、貴重なお茶で俺の頭を冷やしてくれた。歩きながら、こんちゃんはずっと励まし続けてくれた。
さらに歩くと、天文サークルのおっちゃんの一人が待っていてくれた。
道は北に向かう長い長い一本道だ。砂滑りの辺りから澄海岬までおよそ10km。途中、緩やかな上り下りはあるものの、概ね平坦なコースといえる。すっかり体調の良くなった俺達は、遅れた分を取り戻すようにスピードを上げ、北上していった。
おっちゃんの持っている無線機が反応した。先行隊に大分近付いたようだ。遅れること1時間程で、俺達は先行隊に追い付くことができた。
少し開けた場所に出た。一面花が咲く、美しい場所だった。俺はようやく景色を眺められる、そして写真を撮る余裕が出てきたのだ。
この花畑で昼食になる。星観荘で作ってもらったSサイズの弁当を広げた。流石に食欲までは回復していなかったが、今後を考えると無理にでも食べた方がいいだろう。ハンバーグや揚げ物、小エビといった弁当を美味しくいただいた。天文サークルのおっちゃん達が「元気になるから。」とバナナをくれた。他の人達も次々声を掛けてくれる。人の温かさが身にしみた。
緩やかな遊歩道を北へ北へ歩いていく。この長い一本道を行くと、昨日行った澄海岬の周辺に出る。初夏の北海道とはいえ、だいぶ日差しが強い。この日差しが曲者だったのだ。もう同じ失敗をしないよう、水場でペットボトルに汲んだ水を、時々首や頭に掛けながらひたすら歩く。
「みんなちょっと止まって下さい。」こんちゃんが皆を止めた。そして、ちょっとした脇道に入っていく。崖から見下ろす先は青い海。遠くに昨日行った澄海岬が見える。
長い直線がようやく終わり、下り坂になる。ここを降りたら西上泊だ。
西上泊に到着した。漁師さん達が、忙しいそうに魚介類を積み降ろししている。トラックの荷台に、沢山のホッケが並んでいた。
岬は昨日と同様に美しかった。
ここからは昨日の4時間コースと同じである。ここからのコースも相当過酷であることはわかっていたが、昨日の経験もあり気分的には楽である。水分もフルチャージした。それに同行する仲間達もいる。昨日は苦戦した鉄府までの道程も、話しながら歩くとあっという間だった。
この頃になると、仲間達とも打ち解けて話せるようになった。昨日騙された古びた自販機も、笑いながら通り過ぎる。昨日は素通りしたゴロタ海岸を、今回は穴あき貝を探しながら歩いた。ヒトデ等に穴をあけられたのだろうか?穴のあいた貝殻は思ったより沢山落ちている。俺達は童心にかえって貝殻を拾った。
そして、最後の難関・ゴロタ岬の前に来た。昨日経験したとはいえ、この巨大な岩壁を見ると流石に少々心が挫けそうになる。他のメンバーはというと、ゴロタ岬を初めて経験する人も多いらしく、長い階段と岩壁にちょっと引き気味だ。岩壁の前で少し休憩し、いよいよ俺たち13人はゴロタ岬に挑んで行った。
昨日と同様に、ロープにしがみつくように登っていく。8時間コースも終盤に差し掛かり、疲労はピークに達している。だが、自分でも驚くほどテンションは高い。ゴロタ岬初体験の人達は、昨日の俺のように偽頂上に騙されていた。そう、この偽頂上が曲者なのだ。
ついに本物の頂上に13人が立った。今日も天気がいいお陰で、利尻富士が綺麗に見える。北側にはスコトン岬とトド島だ。いよいよゴールが近くなってきた。それにしても、昨日は二度と上りたくないと思っていたゴロタ岬に、今こうして上っているのは不思議な感覚だ。
ゴロタ岬を無事下りると、昨日と同様コースが二つに分岐する。上り坂を上ってトド島展望台を経由するコースと、下り坂から海岸と集落を通るコース。どちらもスコトン岬へと続いている。彦さんは上のコースを薦めていた。俺は、今日8時間コースを歩くことを予想して、昨日はわざと下のコースを歩いた。予想通り、今日は上のコースを歩くことになった。我ながら良い読みだった。
上のコースは緩やかなアスファルトの上り坂だ。疲れているとはいえ、歩きやすいのでどんどん進んでいく。トド島展望台でゆっくり記念撮影した。
いよいよ、星観荘が見えてきた。だが、逆8時間コースはスコトン岬がゴール地点である。いざ、スコトン岬へ!
逆8時間コースは、スコトン岬先端の「最北限の地 スコトン岬」という看板に、皆でタッチすることでゴールになる。
ビールで乾杯だ。実を言うと、俺はあまりビールが好きではないのだが、この時ばかりは喉に沁み込むビールの美味さに唸ってしまった。
「三宅さんが熱中症になった時はどうしようかと思ったよ。」「いや〜。面目ないです。」
すっかり打ち解けたメンバー達と談笑しながら星観荘を目指す。こんちゃんの連絡で、星観荘では彦さん達が出迎えの準備をしているはずだ。
……。星観荘が見えてきた。壮行会と同様に、彦さんがギターを弾きながら「さんぽ」の替え歌を歌っている。奥さんや、ヘルパーさん、他のお客さん、皆が総出で出迎えてくれた。
食事の前に風呂に入った。日焼けした皮膚がヒリヒリする。日に当たった場所とそうでない場所が見事にツートンカラーになっていた。最北のこの礼文島は、俺の想像以上に日差しが強かったのだ。そりゃあ、熱中症にもなるわ。湯船に浸かった俺は、自分の甘さを再認識した。
刺身(八角、帆立)
食事の後は、恒例の夕日ウォッチングだ。三日連続で夕日を見るなんて、今まで経験したことはなかった。海に沈んでいく夕日をただ見るだけの時間。だが、礼文で見る夕日は今日で最後なのだ。幸せだがどこか切ない気持ちで、俺は夕日が沈みきってもしばらく海を眺めていた。
その後は、俺にとって星観荘最後のミーティングだ。それぞれ8時間コースの感想を語った。俺も、今日のアクシデントと、ウィダーインゼリーの効能、リーダーにお世話になったこと等、興奮気味に語った。楽しく談笑しながらも、今夜が星観荘最後の夜だという事実が、俺の胸をチクリと刺した。そう、この素晴らしい仲間達とも明日でお別れなのだ。
ミーティング後、俺はブラックホールでの宴会に参加した。焼酎のお茶割を酌み交わす。この楽しい時間が少しでも続けばと思ったが、無情にも午後11時の消灯になってしまった。
俺もまた、ここに帰ってくるだろう。それは来年ではないかもしれないが、きっといつか…。
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