旅日記北海道編2005 離島(2)第2日目 1 最北の街 車内でふと目を覚ました。時計を見るとまだ午前3時過ぎだ。カーテンを少し開け外を見ると、空が真っ白である。高緯度だから夜明けが早いのだろう。北欧等で見られる白夜はこんな感じなのだろうか?俺は日本最北の地に確実に近付いているのを感じた。
バスに揺られながらまどろんでいると、車内放送が入り、稚内市に入ったことがわかった。日本最北の街、稚内。ここを訪れるのは数年振りだ。
フェリー乗り場に到着した。バスを出て、冷たく澄みきった空気を吸い込む。同じ北海道内でも札幌とは明らかに空気が異質である。
俺はフェリー乗り場の洗面所で洗顔を済ませ、今日の予定を考えた。朝一番の礼文行きのフェリーに乗るか、次の便にするか。朝一番のフェリーは観光客が一番多いらしいので、できれば避けたいと思っていた。少し稚内を観光するか?迷ったが、結局朝一番のフェリーに乗ることにした。日本最北端の宗谷岬等は何度か来ているし、今回はバスを利用して自力で稚内まで来たわけではない。やはり、稚内は自力で辿り着いた時にゆっくり観光しよう。
防波ドームを簡単に眺めた後、俺は東日本海フェリーに乗り込んだ。フェリーが静かに動き始める。これから二時間弱の船旅だ。俺は遠ざかる防波ドームの様子を、これからの旅への期待と感傷とが入り混じった気持ちで見つめた。
朝一番のフェリーは思ったとおり満席である。船内の和室はツアー客らしい年配者に埋め尽くされている。「迷惑になるので横にならないで下さい。」と何度も放送が流れているのに、平気で寝ているオヤジ。女子トイレが一杯だからか平気で男子トイレに入ってくるおばさん…。こういう光景は見ていて不快で、船旅の風情も吹き飛んでしまうので俺はデッキ席に腰掛けた。俺は防寒着も兼ねた雨合羽を羽織る。海風が冷たいせいか、こっちは人もまばらである。席と甲板を行ったり来たりしながらぼんやりと海や空を眺めた。利尻富士がよく見える。天気に恵まれて本当に良かった。
日本最北の離島である利尻・礼文。北海道を旅するようになって10年以上が経つが、この両島はまだ行ったことがない。今回、特に礼文島を旅の中心に考えている。礼文島では「星観荘」という「とほ宿」に三連泊することにしている。一箇所に長期滞在する旅も今回が初めてだ。
海鳥がフェリーの速度に合わせるように飛び交う。カッパえびせんを観光客が与えると、驚く程上手くキャッチしている。眼前に広がる利尻富士が近付くにつれ、俺の胸は高鳴ってくる。いつもながらこの高揚感は心地いい。
「利尻慕情」という演歌が流れ、俺は目的地が近いことを知った。いよいよ、花の浮島・礼文島に上陸である。
1 原付に乗って 多数の年配者に紛れて下船する。憧れの地・礼文島に一歩目を踏み出す。フェリー乗場には多くの出迎えが来ていた。多くは礼文島の宿からの出迎えだ。その中でも最も目を引くのがユースホステル「桃岩荘」の人々だ。手製の旗を持ち、「お〜い!桃岩荘!!」と叫ぶ姿は一種異様で、何の予備知識もなしに見たら宿の出迎えとはわからないだろう。 礼文島は大まかに言うと東側しか道路がなく、高山植物や絶景を見るには自分の足で歩くしかない。しかし、今日は初日ということもあり、原付で島の名所を大まかに周ることにした。
フェリー乗場前でレンタルバイクを借りる。一時間1000円だ。まぁ、日本一高いという離島のレンタカーよりは幾分ましである。レンタバイクを借りる手続きをしていると、男のガラガラ声で歌声が聴こえ始めた。 黄色いバイクに跨る。短い時間だが、今日の俺の相棒だ。久々のバイクなので、ヨタヨタと発進する。
さて、どこに行くか。島の道路は単純だ。とりあえず、元地方面へ行くことにしよう。
何て綺麗な海だろう!こんな海の色は見たことがなかった。衝撃を受けたと言ってもいい。そして振り向くと巨大な奇岩・桃岩がある。これが有名な桃岩か。もっと小さい岩をイメージしていたが、間近で見るとけっこう迫力がある。
続いて俺は「桃台・猫台」に向かった。ここは二つの奇岩が見られる展望台のようだ。バイクを降り、展望台に登る。観光バスが停まっているが、観光客はおらず、バスガイドのおねえさんが一人で展望台の上に佇んでいた。恐らく、観光客は徒歩で遊歩道に向かったのだろう。
次の目的地が決まった。展望台から小さく見えた地蔵岩だ。 俺は佐藤売店まで引き返した。丁度、客は俺一人だ。ダブルウニ丼(1800円)とウニ汁(500円)を注文する。店の前の小さな建物では、獲れたばかりのウニを割っていた。そのウニが佐藤売店に並ぶのだろう。
いよいよウニ丼が運ばれてきた。オレンジ色っぽいウニの色はまさしく最高級のエゾバフンウニだ。これが食べたかった!一口食べると、その濃厚な味に圧倒された。それでいて、全く嫌味がない。これまでのウニ観が変わる味わいだ。ウニ汁もシンプルな塩味の汁の中に、ウニの味が抽出され、非常に贅沢な一品である。ただ、満足だ。 次に俺は「桃岩展望台」の方へ向かった。途中の道端には花の浮島の名に相応しく、沢山の花が咲いている。エゾカンゾウにイブキトラノオ、レブンシオガマ…。ひとつひとつ、写真を撮りつつ歩く。それにしても、この辺りはツアー客のおばちゃん達が多い。
展望台付近の駐車場に着くと、地元の高校生らしいジャージ姿の学生達が沢山いた。今日は平日だが課外授業か何かだろうか?俺が遊歩道の方に向かうと、一人の女子高生がおずおずと話しかけてきた。
「どちらからいらっしゃったんですか?」「愛知からです。」「あぁ!今、万博やっていますね。」
「ありがとう。とても勉強になりました。」花の勉強にもなったし、何より楽しい時間を過ごすことができた。学校の方針だろうか、観光客への花の説明のボランティアとは、なかなか気が利いている。女子高生は何度も頭を下げて去って行った。 続いて俺は、礼文島唯一のコンビニであるセイコーマートに向かった。定番のペットボトル入りのジャスミンティー(92円)を大量に買い込む。今や俺の旅の必需品だ。店の外では昆布が干してあり、海の向こうには利尻富士がはっきりと見える。長閑な風景だ。それにしてもこのセイコーマートはフェリーターミナルからも街からも遠い場所にあり、原付等でないと気楽に買い物に来れないようだ。 レンタルバイクの返却時間が近付いたので、俺はフェリー乗り場に戻った。店のお兄ちゃんにどこかお薦めの店はないか尋ねると、「ちどり」という店を教えてくれた
「ちどり」はフェリー乗り場から徒歩圏内にある炉端である。事前に調べた情報でも、けっこう有名な店だった筈だ。
店に入ると先客が数名。焼き物を注文する人は、炭火の前に案内してくれるらしい。俺は「ホッケのちゃんちゃん焼き定食(1400円)」を注文した。目の前で真っ赤に炭火が燃えており、少し汗ばんでくる。味噌を塗り、ネギをまぶしたホッケが運ばれてきた。 「良い旅を!」先に食べ終えた俺は、今日のフェリーで礼文を離れるという老夫婦に別れを告げ、店を出た。
ちどりの隣の隣に、「さざ波」という店を見つけた。この店は確か…。
その後、俺は日本最北端の書店「BOOK愛ランドれぶん」等、香深の街を散策した後、フェリー乗り場に戻った。待ち合わせ時間の午後4時。いよいよ星観荘からの送迎車がやって来る。
星観荘のオーナー・彦さんが迎えに来てくれた。彦さんのことはネット等で見覚えがあった。 車は久種湖を越え、浜中に差し掛かった。海を横目に走っていると、彦さんが車を停車した。 「今日からアザラシが来てるんですよ。」彦さんが言うので、皆一斉に車窓から海を見る。凄い!確かにアザラシが何匹か海にいる。岩の上に寝そべっているもの、頭だけ出しているもの…。こんな光景が普通に見られるなんて! いよいよ憧れのとほ宿、星観荘が見えてきた。礼文島最北端の土地・須古頓に星観荘はあった。周囲は全く何も無い。草原の中にポツリと建った一軒家といった感じだ。 フロントで、彦さんから宿の簡単な説明を聞く。ネットで調べていたので、大体は承知していたが、食事のこと、部屋のこと、ミーティングのこと等、一通り説明を受けた。星観荘に限らず、雑誌「とほ」に載っているような、いわゆる「とほ宿」には、皆が快適に泊まれるよう、ある程度のルールがある。とほ宿は、基本的に安価な宿泊料金にドミトリー方式。つまり男女別相部屋ということだ。そのため一人旅を好む人には最適の宿だ。夕食後、ミーティングや飲み会等のある宿もある。 俺の三日間のねぐらは、「アルタイル」という二段ベッドが4台入った部屋、つまり八人部屋だ。星観荘の部屋は、他にデネブ、ベガ、スピカといった星の名前が付けられている。先客に挨拶し、空いている入口側ベッドの上段に登る。カーテンで仕切られ、読書灯と電源、荷物置の棚があり、一応プライベートな空間が確保されている。こういった秘密基地のような空間も童心に帰してくれ、なかなかいいものだ。
荷物を置いて、宿の周りを散策することにした。なるほど、気持ちいいくらい何もない。空と海と草原。それだけだ。夜になったら星が綺麗だろうな。そんなことを考えながら宿の周りを歩いていると、ジャージ姿のお兄さんがいた。
初日からハンモックに乗れたのは幸運だった。このお兄さんのことを、俺は宿の常連さんで、先客なのだろうと思っていたのだが、実は星観荘のヘルパーさんである「わるのりさん」だということを後で知った。 風呂に入り、アルタイルで寛いでいると、放送が入った。夕食の時、500円追加でミニウニ丼が食べられるらしい。もちろん俺は注文しに行った。
午後6時過ぎ、待ちに待った夕食の時間になった。食堂兼談話室の「ブラックホール」に向かう。席は決まっていないらしく、皆思い思いに座っている。
刺身(鮭のルイベ、イカ)
これに、オプションのミニウニ丼が付く。どれも美味そうだ。「星観荘は料理がいい」と地元の人も口を揃えるだけのことはある。「豪華な家庭料理」と言えばいいのだろうか。しかし、家庭では絶対真似出来ないだろう。 日没は7時半位らしい。夕食後、皆で夕日を見に行くことにした。
星観荘を見おろせる小さな神社のある丘で、海に沈んで行く夕日を眺める。遮る物の何も無い日没にただ感動した。
午後8時からブラックホールでミーティングになる。ミーティングは原則、宿泊者全員参加であり、彦さんがもっとも大事にしている時間でもある。ここで、簡単な自己紹介、連泊者は今日行ったコースのこと、明日の予定のこと等を話す事になる。今日、8時間コースを歩いたおばちゃん達もいて、興味深く話を聞いた。俺はこの旅の間に、絶対8時間コースを歩いてみたいと思っていた。 明日の昼食の注文と、朝食の選択をする。昼食の弁当は、S、M、Lを選ぶことができ、朝食は和食と洋食を選ぶことができる。俺は洋食を選択した。そして、ミーティングは宿泊者全員で記念撮影で締めくくられた。
ミーティング後、俺は外に出た。周囲に光源がなく、本当に真っ暗だ。見上げると、降ってきそうな星空だ。アスファルトに横になり、しばらく眺めると、星が流れていくのが見えた。星観荘の名に相応しい、生まれて初めて見る最高の星空だった。
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