旅日記北海道編2005 離島(5)第5日目 1 さらば礼文 星観荘での最後の夜が明けた。急いで身支度を済ませ、朝食を食べにブラックホールに向かう。朝食は、焼き魚(がや)、鮭の麹漬、大根菜ごま和え、わかめとあげの味噌汁、卵、そして最終日なので、オプションでカスピ海ヨーグルトとミックスジュースも付けてもらう。この場合のミックスジュースとは、オレンジジースと牛乳を混ぜた物で、隠れた人気メニューである。星観荘最後の食事を、俺は味わって食べた。
今日、礼文を離れる人はけっこう多い。皆、朝一番のフェリーで稚内に向かうようだ。これから利尻に行くのは俺一人らしい。送られる人が多い賑やかな送別会が始まった。
「いつかまた、どこかの旅の空の下で!」
彦さんのギターに合わせて、「忘れないで」を合唱し、送別会は感動的に締めくくられた。
ノースライナー等に分乗し、フェリー乗り場に向かう。窓からの風景を、少しでも目に焼き付けるように眺めた。
稚内に向かう人達は、それぞれ乗船準備していく。利尻行きの船は、稚内行きよりだいぶ後なのだ。俺は一足先に礼文を離れる人たちを、見送らせてもらうことにした。
見送り終わると、彦さんや愛知のTさんに別れの挨拶をする。利尻行きの船の出港にはまだ時間があった。
時間はあったが、周辺を観光する程ではなかったので、フェリー乗り場周辺を歩きながら時間を潰す。そして、利尻行きの船が来た。乗船し、甲板から見下ろすと、小規模ながら桃岩荘の人達が集まっていた。桃岩荘では、朝一番の稚内行き以外のフェリーも見送っているらしい。
例の「ぎんぎんぎらぎら」が始まった。こうなったら、桃岩荘の送別の儀式に便乗させてもらおう。
この島にさよならという言葉は似合わない。いつか再び、俺はこの島を訪れるだろう。その時は、きっと「お帰りなさい。」と迎えてくれるに違いない。
緑の島影が小さくなっていく。名残を惜しむように、海鳥達がいつまでもフェリーに寄り添い、飛び交っていた。
1 利尻上陸 利尻が見えてきた。船旅と言うにはあまりにも短い行程だった。昨日までの三日間、利尻富士には全く雲がかかっていなかったが、今日は山頂がやや曇っているようだ。 利尻島は周囲60キロのほぼ円形の島。アイヌ語のリィシリ(高い山の島)が語源である。島には標高1721メートルの利尻山、通称利尻富士がそびえている。いや、島に利尻富士がそびえているというより、島そのものが利尻富士と言うべきか。海に浮かぶ利尻富士。その周囲を囲むように道があり、街が点在する。
フェリーが鴛泊フェリーターミナルに到着した。利尻では桃岩荘のような変わった出迎え、見送りの習慣はないらしい。今晩の宿「お宿マルゼン」のおにいさんが待っていてくれた。
身軽になったところで再度フェリーターミナルに向かう。宿からフェリーターミナルは徒歩でも数分位だ。今日はレンタルバイクを借り、島を時計回りに一周する事にした。 今日の相棒はホンダのDIOだ。一日料金で4,000円。離島ではガソリンを満タンにして返さなくてもいい。今日は存分に走り回ろう。 最初の目的地は「姫沼」だ。いい天気だが、海沿いの道を南下すると、思った以上の風の強さに涙目になった。 しばらく走ると、民家の近くに小さな看板を見つけバイクを停めた。「長寿の泉」とある。俺はバイクを降り駆け寄った。小さな流れを手ですくい、飲んでみる。美味い!冷たい一滴が喉を伝った。利尻ではこういった湧き水を飲める場所が点在している。利尻富士に降った雪や雨が、地下水となって流れ出ているのだ。聞いた話では地上に湧き出るまで30年の年月をかけているらしい。
再びバイクに跨り、姫沼に向かう。大した時間もかからず、俺は姫沼の駐車場に到着した。 姫沼は周囲800メートル程の沼で、遊歩道が囲んでいる。姫沼という綺麗なネーミングから、俺は神秘的な伝説でもあるのかと想像していたが、単にヒメマスの養殖をしていたからだという。
残念ながら、利尻富士は雲で隠れていた。あの雲がなかったら、この景観は大きく違ったものになっていただろう。だが、周囲を深い森に囲まれた姫沼は、最初のイメージ通りどこか神秘的な雰囲気だ。俺はベンチに腰を下ろし、しばらく鳥達の鳴き声に聴き入った。
さあ、次の目的地は「オタトマリ沼」だ。海風を全身に受けながら、俺はバイクを走らせた。
バイクの走りは快調だ。右手に利尻富士、左手に海という絶好のロケーションである。時折すれ違う大型バス等に注意し、オタトマリ沼を目指した。 時計でいえば「5時」の辺り。そろそろオタトマリ沼だ。俺はまず、直接沼には行かず、敢えて「沼浦展望台」に行ってみることにした。沼浦展望台は舗装された道を上るだけで辿り着くことができる。
!!突然、道に犬が飛び出したので、驚いてバイクを停めた。小さなプードルだ。何でこんな所にプードルが?
展望台の駐車場に着くと、ワゴンが一台停まっていた。プードルはワゴンの方へ走っていく。 女性は犬を連れた一人旅で、利尻や礼文の写真を撮って周っているという。
「あの雲さえなければね〜。」女性が言った。
「『亀一』のウニ丼は絶品ですよ。」別れ際に、女性はオタトマリ沼にある「利尻亀一」を薦めてくれた。 オタトマリ沼に到着した。オタトマリ沼は、赤エゾマツ原生林に囲まれた周囲約1kmの沼だ。どちらかというと神秘的な姫沼とは対照的に、開放感のある明るい雰囲気の沼、いや、小さな湖といった雰囲気である。島内有数の観光地だけあって、駐車場には大型バスが何台も停まっていた。ツアー客がいなくなるのを待って、湖畔に近付いた。
やはり山頂には雲がかかったままだが、湖畔にはヒオウギアヤメが咲き、清々しい雰囲気だ。水面には波が立っているが、風のない日は逆さ富士が見られるらしい。ちなみに、有名な菓子「白い恋人」のパッケージの絵は、オタトマリ沼から見た利尻富士である。 さて、だいぶ腹が減ってきた。オタトマリ沼には二件のレストハウスがあるが、やはり先程薦められた「利尻亀一」に入ることにした。
「利尻亀一」では、様々な土産物、特に特産の利尻昆布が沢山売っている。今年は40周年ということだ。土産は後回しにして、とりあえず腹ごしらえだ。特製のウニ丼は3,500円とけっこうな値段だが、奮発して注文した。
食後は「万年雪ソフト」で締めである。亀一は今年40周年ということで、通常300円のところ半額だった。しつこさのない爽やかな後味だ。ウニ丼で満腹になった筈だが、あっという間に万年雪ソフトは俺の胃に納まった。まさに、デザートは別腹である。俺は幸せな気分に浸りながらオタトマリ沼を後にした。
丁度、島を半周といったところか。次の目的地は南浜湿原。メヌシュロ沼という小さな沼のある湿原である。オタトマリ沼から2km程走ったところに、南浜湿原の入口はあった。利尻最大の湿原というが、非常に目立たない。駐車場も舗装されておらず、小さい。当然観光バスが停まるような場所ではなく、先客はおばちゃん達数人で、車が一台停まっていただけである。そのおばちゃん達は、俺が原付を停めると同時に立ち去って行った。
湿原は沼を囲むように8の字型に遊歩道がある。周辺に咲いているのはカキツバタか。遠くにはエゾカンゾウの黄色が見える。小さく真っ青な水面と、バックに利尻富士…。素晴らしい景観ではないか!俺はむしろオタトマリ沼よりもこっちの方が好みである。
続いて俺が向かったのは「仙法師御崎公園」。利尻の最南端にある公園である。ここには自然磯観察場があるという。岩場を覗いて見ると、ゴマアザラシが一匹泳いでいた。ゴマアザラシは可愛いが、あまりピンとこない。ここはどうも俺好みの場所ではないようだ。石碑の背後にそびえる利尻富士も、雲に隠れて今ひとつだった。 残るは島の西側半分だ。海風がメットにぶつかり、ゴウゴウと音を立てた。島の南西、利尻町から北上していくと、右手に小屋が見えた。これは、まさに俺が探し求めていた店!! そう、最北の島を旅する者には伝説の飲み物「ミルピス」だ。看板には「利尻手作り乳酸飲料・ミルピス」とある。俺は期待に胸を躍らせながら店に入った。
「こんにちは。」
とりあえず、憧れのミルピスを注文する。一本350円。牛乳瓶のようなオリジナル容器に白色の液体だ。キャップを外し、腰に手を当て飲む。
野グミ、ギョウジャニンニク、利尻昆布、コクワ等、次々と試飲させてもらう。どれも個性的な味だ。
その土地オリジナルの味を、地元の人の温かさに触れながら味わう素晴らしさ…。これだから旅はやめられない。
バイクを北へ北へと走らせ、本泊(もとどまり)にさしかかった。 東側には利尻空港がある。明日はここから空路で新千歳に向かう予定だ。 さらに走り続けると、広々とした駐車場を見つけたのでバイクを停めた。「富士野園地」である。
ここはエゾカンゾウの群生地で、一面に咲き誇っている。さながら黄色い絨毯のようだった。
セイコーマートで、安ワインとジャスミンティーを買い、レンタバイクを返して今夜の宿・お宿マルゼンに向かう。これで利尻一周完了だ。それ程時間はかからないものだな。
マルゼンは少し変わっていて、食事場所はフェリー乗り場の食堂だ。そのため、宿から車で送迎してもらえる。
相席のおっちゃんは、定年後、一人で全国を周っていて、灯台の写真を撮るのが趣味だということだ。今日はレンタカーで灯台の写真を撮ってきたそうだ。
夕食後、俺はおっちゃんと一緒に「利尻富士温泉」に行くことにした。利尻富士温泉は町営の施設で、マルゼンでは定期的に温泉まで送迎してくれる。 施設内はまだ新しいだけあって、清潔感があり広々としていた。浴槽も大きい。湯は少し黄色っぽく、独特の匂いがする。疲れた身体にしみわたるようで気持ち良かった。特に露天風呂からは満天の星空を眺めることができ、つい時間を忘れてしまう。今回の旅で唯一つ不満があったとすれば、道東のような雰囲気のある温泉に入っていないことだったが、ようやくそれが解消できた。ただ、一つ苦言を呈すると、貴重品のロッカーくらいは無料にしていただきたい。
宿のロフトスペースに戻り、布団を敷く。相部屋になったのは、先程の灯台巡りのおっちゃんと、登山者らしい40歳位の男性だ。かなり広いスペースなので、相部屋とはいっても、それぞれのプライバシーは確保できている。セイコーマートの安ワインを飲むと、一気に睡魔が襲ってきた。灯台巡りのおっちゃんが話し足りないようで寂しそうにしていたが、睡魔には勝てず、申し訳ないが先に就寝することにした。すまない、おっちゃん。おやすみなさい…。 |