旅日記北海道編2003 再訪(5)

 HP「塀の中の懲りない面々」に連載中


第五日 知床の大自然に圧倒されたわけで



1 能取湖


船長の家の朝食

 サロマ湖畔に朝が来た。秋の早朝の爽やかさとは対照的に、俺の胃腸は微かに重かった。流石に昨晩は食べ過ぎたか。それでも俺は船長の家の昼定食並みの朝食を完食し、出発の準備に取り掛かった。

 船長の家の駐車場前には朝市が出ていた。俺は出発前に土産物の追加を物色することにした。カニやイクラといった魚介類は既に釧路で買って配送している。ここでは利尻昆布や鮭のトバといった乾物類が安い。こういった渋めの土産が結構喜ばれるのだ。

 サロマ湖を後にした俺は、30分程車を走らせ、今日最初の目的地・能取湖に到着した。9月中旬の能取湖といえばアッケシソウが見ごろである。アッケシソウは、塩分を多く含んだ湿地に生える一年草で、丈は10〜20cm。葉を持たず、茎から多くの枝をつける独特の姿をしている。アッケシソウという名は、最初、厚岸の牡蠣島で発見されたことによる。8月中旬から10月にかけて美しい赤色になることから「サンゴ草」とも呼ばれ、現在はこっちの名の方が有名かもしれない。

  能取湖1        能取湖

  能取湖3        アッケシソウ

 俺は一面に広がるアッケシソウの赤に圧倒された。「赤い絨毯」という表現が本当にぴったりくる。年々水位が低下して乾燥し、群落が狭くなってきていると聞いていたが、それでも視界一杯に広がる赤い色は十分インパクトがあった。9月の澄み切った青い空に、この赤がよく映える。俺はこの壮麗で清閑な風景をしばし見入っていた。道東の人々にとってこの赤は、秋の訪れを深く印象付ける重要な要素なのだろう。

セイコーマート

 ここから知床半島までは約80km程。渋滞がほとんど無く、信号の少ない北海道では、時速80km程度で走って約一時間と単純に計算することができる。
 途中、俺はセイコーマートに立ち寄った。セイコーマートは北海道ではメジャーなコンビニで、俺は北海道滞在中はセイコーマート以外のコンビニは利用しない。セイコーマートは元々の商店を改造したものが多く、店舗ごとに個性的な造りであったり、安いオリジナル商品が多かったりと非常に魅力的なのだ。セイコーマートオリジナルのジャスミンティー500mlペットボトル(100円)は俺のお気に入りである。他には、北海道でしか売っていない「カツゲン」(乳酸菌飲料)、「ヤキソバ弁当」(カップ焼きそば)も購入する。

 網走、斜里を通過し、いよいよ俺は最果ての地・知床半島に突入した。


2 知床



 知床半島は、北海道の東北端に位置し、オホーツク海に真っ直ぐ突き出した長さ約70q、面積約10万haの細長い半島である。自然保護のため、21世紀となった現在でも半島の先端まで行く道路は作られておらず、原始の自然が残された日本でも有数の地域だ。まさに「シリエトク(地の果てる場所)」という名に相応しい。

  知床の海        オシンコシンの滝

 今回俺は、オシンコシンの滝の見学は簡単に済ませ、ウトロの街も立ち寄らなかった。昨年、一昨年と二年連続で登ったカムイワッカ湯の滝も今回はパスすることにした。昨年はあまりの観光客の多さに閉口したからだ。今年は少し趣向を変えて岩尾別温泉に向かうことにした。

 ウトロから知床五湖方面への道と分岐した山道を抜けると、驚くほど大きなホテルが出現する。岩尾別温泉の無料露天風呂は、ここ「ホテル地の涯」が管理している。羅臼岳の登山道の入口がこのホテル付近にあるため、登山者等に無料で解放しているらしい。駐車場左手の山の中に踏み込むとせせらぎの音が聞こえ、「三段の湯」はすぐに見つかった。坂の斜面に沿って三つの湯船が作られている。周囲の岩は適度に苔むしており、自然に溶け込んでいい感じだ。先客のおっちゃんが一人いたがすぐに出て行った。どうやらカムイワッカ程は観光客に知られていないらしい。ゆっくり入湯できそうだ。

  岩尾別の三段の湯        三段の湯最上段にて

  滝が見える        滝見の湯

 もちろん脱衣場などは無い。岩場に服を脱ぎ捨て、一番下の湯から順に入っていく。少し熱めの透明な湯だ。真ん中の湯船はさらに熱めで、長時間入っていられなそうだ。一番上の湯船が俺好みの温度であったため移動し、一息つく。見上げると一面の緑で、木漏れ日が降り注いでくる。ダイナミックなカムイワッカもいいが、こっちの温泉もなかなかのものだ。
 三段の湯を出て、周囲の原生林を散策すると、50m程離れて「滝見の湯」がある。小さな滝を目の前にした簡素な湯船だ。岩尾別の無料露天風呂はどちらも混浴だが、女性が入るには勇気が要るだろう。

 岩尾別を後にし、俺は羅臼に向かって車を走らせる。今日は天気も良く、知床横断道路を走るのは気持ちいい。標高約750メートルの知床峠は思ったとおり見晴らしが良く、羅臼岳や国後島もはっきり見えた。北方領土はこんなに近いのだ。

  羅臼岳        知床峠から国後島を望む

 続いて、俺が訪れたのは羅臼温泉「熊の湯」である。今まで立ち寄ったことがなかったのは、入口がわかりづらく、いつも通り過ぎてしまっていたからだ。
 地元のおばちゃんに道を尋ね、ようやく入口を発見した。道路脇の駐車スペースに車を停め、木製の橋を渡ると簡素な小屋が見えてくる。ここが地元の人に愛され、守られている無料温泉「熊の湯」だ。  熊の湯は湯船も脱衣場もしっかり男女別に別れており、女性客にも人気があるというのも頷ける。男湯は開放的な造りで、山を眺めながら入浴できるようになっていた。脱衣場には「熊の湯入浴十ヶ条」という注意書きがびっしり書き込まれている。
 「水着で入っていけません。プールではありません。」
 「湯船に入っている人の半分以上が熱いといえば水を入れても良いが少数の人が熱いと言ってもそれに従う必要はありません。」
 「湯船を掃除している時は手伝って下さい。手伝いも出来ないくらいお急ぎの方は入浴せずにお帰り下さい。」
等、一見手厳しい感じだが、マナーとしては当たり前のことだ。当たり前のマナーも守れない観光客が多いのだろう。むしろ、
 「ここのお湯は服用しても体に良いので是非服用してください。」
 「二、三回繰り返し入りますとすごく温まりますのでゆっくり疲れを取ってお帰りください。」
といった文から、地元の人の優しい心遣いが感じられ、嬉しくなる。

  熊の湯入浴10ヶ条        熊の湯にて

 簡素な円形の湯船に、透明な湯。地元の人が大切に管理しているらしく、非常に清潔感がある。注意書きにもあるように、熊の湯はかなり高温らしいが果たして…。かけ湯をすると確かにかなり熱い。だが、入れないほどでもなさそうだ。恐る恐る湯に足を入れ、一気にすくむ。
 !!!
 10数えきらないうちに飛び出してしまった。湯に浸かっていた部分真っ赤になっている。これはなかなか手強そうだ。しかし、注意書きにあるように、外でかけ湯をしてから再度入湯すると、それ程熱さは感じなくなっていた。全身がジンジンしてくるのがむしろ心地いい。地元の人らしいパンチパーマのおっちゃんが声をかけてきた。「おっ!兄ちゃん頑張るね〜。」
 見上げると、微かに紅葉の混じった緑が眩しかった。


尾岱沼(おだいとう)



まるこしの海鮮丼

 羅臼の和風お食事処「まるこし」で遅い昼食にする。「北の国から2002遺言」のロケ班も来たことがあるらしいこの店には、脚本家 倉本聡の色紙が置いてあった。寿司や海鮮の専門店で、けっこう値段が張る。俺が注文した海鮮丼には、ウニ、イクラ、つぶ貝、カニ、イカ、刻みのり、カイワレが乗り、なかなか豪華である。帆立の稚貝の入った汁に、漬物と惣菜一品が付いて1,600円だ。

 羅臼を出た俺は、知床を南下し尾岱沼に向かった。途中、秘湯中の秘湯と呼ばれる薫別温泉を探したが、詳しい地図もなく、断念してしまった。携帯の電波も入らないダートを抜け、あちこち探したのだが…。事前に調べた行き方が、「熊出没注意の立て札を見ながら走る」等、大雑把なもので、判りづらかったのだ。北海道の山道を少し甘く見すぎていたようだ。薫別温泉は川原の岩をくり抜いただけの湯船のワイルドな温泉だという。いつかリベンジしてみたい。

 今夜の宿のある尾岱沼は、野付湾を挟んだ野付半島の内側にある。「海の宿 みさき」は漁師のご主人が営む小さな民宿である。新鮮な魚介類を出してくれ、リピーターも多い。部屋は小さな和室で、基本的にはセルフサービスだ。夕食まで時間があるため、俺は宿の温泉に入ることにした。3〜4人位しか入れない小さな風呂だったが、上手く調節すれば家族・カップル単位で家族風呂として利用できるようだ。他の客が少ないのをいいことに、俺は風呂を独占した。無料露天風呂もいいが、シャワー付きの内風呂じゃないと、洗髪、洗体はしっかりできない。

 入浴を終えてさっぱりした俺は、尾岱沼を少し散歩をすることにした。夕暮れ時の漁港は、夕日を映した薄紫色の雲がかかり、何とも言えず風情があった。湯上りの火照った身体に冷たい潮風が当たり、とても心地いい。通り過ぎる漁船を眺めていると時間を忘れそうであったが、あまりじっとしていると風邪をひいてしまう。夕食の時間も近付いたため、俺は「みさき」に戻ることにした。

  夕暮れの尾岱沼        写真がブレてしまったが、「みさき」の夕食。

 小さな食堂には既に他の客が集まっていた。家族連れや年配の夫婦が多いようだ。自分が少し浮いているのを感じながら席に着く。今夜のメニューは、野付の名物である北海シマエビ、イカ、帆立の刺身、茹でたシマエビ、海老やイカのフライ、煮魚、イクラ等である。宿を予約した際、千円増しにして追加メニューを頼んだので、大きな花咲ガニが付いてきた。昨日「船長の家」で散々カニを食べたので、正直余計だったかなと思ったが、食べ始めるとやっぱり美味いものはいくらでも入る。慣れた手つきでカニの殻を切り開き、味噌や内子を堪能した。
 北海シマエビも俺の好物である。体長10cm前後のシマエビは、水深1mから3mと浅い野付湾に群生する藻の中に生息し、茹でると鮮やかな朱色に染まる。刺身でも茹でても、身が締まっていてとても美味い。藻の多い野付湾では、現在でもシマエビの漁は風まかせの打瀬船が活躍している。
 今夜も満腹だ。追加メニューを含めて宿泊料6,500円はかなりお得といえるだろう。

浜の湯

 夜の尾岱沼には、これといって観光名所はない。だが、一つだけ外せないのが野付温泉「浜の湯」である。野付周辺の観光後は、必ずこの温泉に寄ることにしているのだ。よくよく考えてみると今日は四度目の入浴なのだが、折角良い温泉が沢山あるのだから入らないわけにはいかないだろう。
 浜の湯は簡素な銭湯風の建物で、料金も370円と非常に安い。しかし、アルカリ性単純温泉とナトリウム塩化物泉の2つの源泉が湧き出ており、さらに露天風呂まであってお得感がある。体格のいい地元の漁師さん達に混じって二種類の温泉を楽しんだ。露天風呂の方も湯船が二つあり、星空を眺めながらの入浴は格別である。

 不意に、俺の旅が残りわずかであることが頭をかすめた。間違いなく明後日にはこの旅は終わるのだ。瞬く星を見上げながら、俺はナトリウム泉の塩辛さが一層際立ったように感じていた。





to be continued…


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