旅日記北海道編2003 再訪(4)

 HP「塀の中の懲りない面々」に連載中


第四日目 船長の家でカニを堪能したわけで



1 層雲峡〜丸瀬布・遠軽


鹿の子荘の愛犬

 鹿の子荘で一夜を明かした俺は、早朝から再度温泉に入り温まった。その後の朝食は五穀米や筋子等、品数も多く、朝から腹一杯に食べてしまった。充電は完璧だ。今日も沢山走るぞと決意を新たにする。
 出発の際、宿の飼い犬が見送ってくれた。
 「ありがとう。また来るよ。」犬に手を振りながら、俺は鹿の子荘を後にした。

 今日はメジャーな観光地である層雲峡へ行き、北上してサロマ湖で宿泊する予定である。国道39号を北西へ進み、大雪湖を抜けるとすぐに、層雲峡と呼ばれる大雪系最大規模の大渓谷に出る。大雪山連峰は北海道の屋根ともいわれるように、旭岳を主峰に20もの峰々が連なり、周囲は国定公園に指定されている。ちなみにここは、アイヌ語ではカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)と呼ばれる。

 小さなパーキングに車を停めて大雪湖を眺めた。大雪湖は、大雪山の東の盆地の底に作られた巨大なダム湖で、自然の谷を利用して作られたため複雑な湖岸線を持っており、人造湖ながらなかなか趣き深い。もともと観光地と呼べる場所ではないので周囲は見事に何も無いのだが。

  大雪湖        大函

  層雲峡        銀河の滝

 大雪湖を抜けてすぐ右側に大函(おおばこ)といわれる場所が見えてくる。大函は石狩川を挟んでそびえ立つ柱状節理(柱を重ねた形状の岩のつながり)で、石狩川の激流に削られ今のような姿になったといわれている。丁度、紅葉の始まりということもあり、岩壁の上の原生林は所々赤く染まっている。我ながらいい時期を選んだものだ。緑と紅が降り注ぐような遊歩道を歩くと非常に心地いい。売店で、定番のじゃがバターといももちを購入する。そうそう、北海道に来たらこれを食べないと。

 さらに車を北西に走らせる。サロマ湖方面へ向かう前に、俺は上川町に寄り道することにした。上川町は「ラーメン日本一の街」と看板を掲げている街で、ラーメン好きの俺は一度は訪れてみたいと思っていたのだ。

丸瀬布の道の駅のトイレ

 上川町に入ると、想像していたより寂れた街という印象を受けた。駅前も通りもほとんど人がいない。お目当ての店が臨時休業中であったため、ガイドブック等で見たことのある店を選んで入ったが、正直言って美味しくない。外れの店を選んでしまったのか、平凡な味でがっかりしてしまった。今夜はサロマ湖でカニ三昧する予定なので、「こんなことなら昼食を抜いて腹を減らしておけば良かった」とさえ思った。

 気を取り直してサロマ湖方面に向かい北上する。その途中で、今度は丸瀬布(まるせっぷ)に寄り道することにした。
 丸瀬布町は、現在は札幌に住む友人・森の故郷である。学生時代には何度か訪れ、森の実家に泊めてもらったこともある。
 人口約2000人、総面積の95%が森林という林業で有名な街だ。丸瀬布で生まれ育った森は、最寄の高校まで十数キロの道程を通学して足腰を鍛え、家の裏にあるスキー場で練習することでスキーのインカレに出場し、優勝した実績がある。今回、突然に森の実家に押しかけるわけにはいかず、丸瀬布にある公共の温泉に入っていくことにした。
 まず丸瀬布の道の駅を訪れた。ここにある「トイレ3・3・3」は、「丸瀬布自慢のハイテクトイレ」と銘打たれ、入ると鳥の鳴き声がするという代物で、学生の時は大ウケだった。俺はこの道の駅で野宿した経験もあり、懐かしさに思わずデジカメのシャッターを切った。

マウレ山荘

 続いて温泉に向かった。学生のころ、森に連れて行ってもらった「翠明荘」の温泉に入ろうと思ったのだが既に閉館しており、代わって「マウレ山荘」というスコットランド風リゾートホテルが開館していた。ちなみに、「マウレ」とはアイヌ語で「はまなす」のことである。個人的には翠明荘のひなびた雰囲気が好きだったのだが。
 さて、マウレ山荘の温泉はどれ程のものか?建物は新しいだけあって綺麗で、お洒落な雰囲気だ。日帰り温泉は600円で、ツルツルした感触が心地良いアルカリ性単純泉である。確かに建物は変わっても温泉の質は同じなのだから、気持ちよさは以前と全く変わっていない。しかも非常に空いていて、露天風呂を独占することができた。露天風呂に入りながら丸瀬布の山々を眺める時間は、非常に贅沢な気分にさせてくれる。
 ここで宿泊した場合、夕食は和洋折衷のフルコースで、なかなかお薦めだと森からの情報である。いつか宿泊もしてみたいものだ。

 マウレ山荘からの帰り道、"あるもの"を見つけて車を停めた。道端の土手に小さな看板があり、「お茶の水」と書いてある。土手を下りると、筒から湧き水が流れている。脇にコップが置かれていることから飲用できるようだ。「お茶の水」と名付けられている位なのだからお茶に最適な水なのか?少しすくって飲んでみると冷たくて美味だった。周囲には茶道松尾流のシンボルともいうべき木賊が生えており、ちょっとした縁のようなものを感じた。

  丸瀬布の「お茶の水」        周りには木賊が生える

遠軽の瞰望岩

 丸瀬布を抜けると遠軽(えんがる)に出る。遠軽町は丸瀬布町よりは開けた街である。車を走らせていると、目の前に大きな岩が現れた。瞰望岩(がんぼういわ)である。瞰望岩は遠軽のシンボルともいうべき巨岩で、高さ78メートル。かつてはアイヌ人の古戦場だったといわれている。ちなみに遠軽の語源は、アイヌ語の「インガルシ」(見晴らしの良い場所)からきている。以前、森に瞰望岩に連れて行ってもらった時には、遠軽の眺望を見下ろしながら、「ここは自殺の名所なんだべ。」と教えられたことがある。確かに、手摺も何も無い岩壁から下を見ると、引き込まれそうな雰囲気があったことを覚えている。立ち寄って、また登ってみたい気もしたが今はあまり時間が無い。夕方までにサロマ湖に着き、湖に沈む夕日を眺めたかったのだ。昨年はサロマ湖周辺で道に迷い、日没に間に合わなかった。
 さあ、あとは真っ直ぐサロマ湖に向かうだけだ。目指すはサロマ湖東岸・「船長の家」である。この調子なら夕方までに間に合いそうだ。



2 サロマ湖〜船長の家


 サロマ湖には思ったより早く到着した。今夜の宿は、サロマ湖東岸にある「船長の家」である。昨年は予約で一杯であった為相部屋だったが、今年は個室を取ることができた。チェックインを済ませた後、受付のおねえさんにメノウ石を採れる場所を聞いた。
 「歩いていくと少し遠いですね。車の方がいいですよ。」
 メノウ石とは宝石の原石(?)らしいが、オホーツクの海岸に流れ着くことがあるらしい。サロマ湖よりも礼文島のメノウ海岸の方が有名だろうか。以前は宿主催で「メノウ石探しツアー」も組まれていたという。メノウ石が採れるのは、ワッカ原生花園の北側の海岸らしい。日が落ちるまでに探してみようと思い、車を走らせた。 夕暮れのワッカ原生花園海岸

 船長の家から車で5分程の所に「ワッカ原生花園」がある。ここは日本で最大級の原生花園で、300種類以上の植物で構成される花畑である。ただし、時期的に花は咲き乱れていないが。ワッカとは、カムイワッカ(神の水)とかワッカ・オ・イ(水のある所)とか使われるように、アイヌ語で「水」を意味している。この場所がワッカ原生花園と呼ばれるのは、海岸付近であるのに真水が湧き出る場所があるからだろう。
 背丈に近いほどの草の間を抜け、何とか海岸に辿り着いた。男一人で海岸をうずくまっているのは滑稽な風景だろうが、夕暮れが近いだけあって周囲には誰もいない。これ幸いとメノウ石探しを開始した。
 ……小さな貝殻や小石が散らばっているが、どれが本物のメノウ石かよく判らない。波に削られて丸くなった小石やガラス片等、紛らわしい物が多いのだ。宿で見せてもらったメノウ石は少し赤っぽかったが、赤い物は貴重で、実際は白っぽい物が多いようだ。だんだん周囲が暗くなり始める中、何とかそれっぽい物を幾つか見つけ、俺は海岸を後にした。この際、価値はどうでもいいのだ。旅の記念になればそれでいい。ついでに言うと、夕食前に少しでも運動をして、空腹感を増しておきたかった。今夜はカニと格闘する予定だからだ。

  サロマ湖の夕日        サロマ湖の夕日2

 船長の家に戻る途中、念願だったサロマ湖の夕日を見ることができた。流石に綺麗で、つい見入ってしまった。俺はこの夕日に、今夜のカニとの勝負に勝利することを誓った。

 部屋に帰り休んでいると、夕食の準備ができた旨放送が入った。さあ、いよいよ戦闘開始だ。俺は食堂へと駆け出した。
 ……!!これは!昨年以上にヘビーな内容に、俺は絶句してしまった。タラバ、花咲、毛ガニと三種のカニ、カニ鍋、カニの揚げたもの、サラダ風、カニミソ、カニ豆腐、カニ飯、茶碗蒸し、甘エビやツブ貝等の刺身、サザエ、ホッキ貝、帆立バター、魚の煮物・揚げ物、氷頭ナマス、グレープフルーツ…。凄まじい品数の料理が、テーブルを隙間無く埋め尽くしていた。昨年も泊まった経験のある俺は、メニューがこれだけに留まらず、さらに追加を持って来ることを知っている。
 周囲の客は写真に撮りまくり、食堂内は興奮の坩堝と化している。先程までの俺の意気込みは何処かに消え失せてしまっていた。果たして俺はこのメニューを完食できるのか?
 この宿は非常に良心的で、瓶ビールも原価で提供してくれるのだが、ビールで腹を膨らませるのは勿体ない。さあ、全力を尽くして食べまくるぞ!俺は腕まくりし、花咲ガニに手を伸ばした。
カニ三昧の船長の家  カニに鋏を入れるとミソが溢れ出し、俺は慌てて皿で受けた。どのカニもぎっしりと身が詰まっている。タラバ、毛ガニと次々に鋏を入れ、身を取り出しては積み上げ、口に放り込む。疲れたら他のメニューをつつく。俺はこれをり返した。周囲も同じようにカニと格闘しており、皆一様に無口なのは一種異様な雰囲気である。従業員が皿を持って走り回っている。思ったとおり追加メニューがあるのだ。「焼き帆立で〜す!熱いうちにどうぞ♪」「ツブ貝の塩茹でで〜す!」これらを置くスペースを作るには、兎に角食べまくって皿を空けるしかない。その後もホッキ貝のバター焼き、カニ鍋が追加された。やはり、昼のラーメンは余計だったか。だが、俺は一心不乱に食べまくり、次々と皿を空けていった。
 カニをむしる作業に心身共に疲れてきたころ、周囲の客も又、次々と脱落して行った。メインのカニや、鍋に手を付けていない者もいる。その時、数人のおばちゃん達が近くにいた学生二人組に声をかけた。
 「ちょっと、おにいちゃん!これ食べないなら貰うよ。」全く手を付けていないカニを指差している。「…えっ!?ええ。いいですけど…。」おばちゃん達はカニを奪うと学生達に向かって言い放った。「食べきれないのは宿に頼めばとっといてくれんのよ。」
 なるほど!俺は感心した。確かに、翌日発泡スチロール等だけ用意し、クール便で送ってしまえば良い土産になる。伊達に年はとっていないな。
 しかし、ここまで食べたら今更作戦変更は出来ない。俺は甲羅で傷ついた指を舐め、最後の力を振り絞ってカニに挑んだ。周囲を見渡すと半数以上の人がいなくなっていた。積み上がったカニの身をかき込み、グレープフルーツにスプーンを入れる。150分の時間を費やし、ついに俺は完食した。ありがとう、ありがとう…。部屋に帰った俺は、満腹感と達成感で大の字に横たわった。

 部屋でしばし休憩した後、俺は風呂に向かった。昨年出来たばかりの温泉は清潔感があり、非常に心地いい。美味い物を食べ、温泉に入る。まさに至福の時である。これ程の宿が一泊二食で約5,700円(るるぶ持参で1割引になる)とは…。内地ではちょっと考えられない。
 セイコーマートの安ワインを掲げ、俺は一人乾杯した。明日は知床・野付方面である。晴れることを祈りながら、俺は眠りに落ちていった。





to be continued…


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