旅日記北海道編2003 再訪(3)

 HP「塀の中の懲りない面々」に連載中


第三日目 摩周の蒼に年甲斐も無く感動したわけで


1 和商市場


 「おえ〜。行くべ!」翌朝、なべさんが四駆に乗って迎えに来てくれた。釧路での朝食の定番、和商市場へ行くのだ。
 和商市場は、昨年の旅日記でも触れたが、北海道三大市場の一つで、新鮮な魚介類や青果、雑貨等の店が約八十店舗あり、釧路市民の台所ともいえる場所である。ここでの楽しみは「勝手丼」だ。勝手丼とは、まずご飯を買ってから、一切れ単位で売っている刺身等を好きなように乗せて丼にするというものである。ご飯は小から特大まで、それぞれ100円から300円位だ。だが、勝手丼の前にやることがある。土産である。まだ旅は前半だが、早めに土産の大半を買い、送ってしまうのだ。
 和商市場には、カニやイクラ等の魚介類はもちろん,白い恋人やロイスのチョコレートといった北海道土産の定番も豊富にある。俺は一通り歩いてから購入することにした。鮮やかなカニの赤、魚介類の匂い、元気のいい客引き…。やはり和商の雰囲気はこうでないと。なべさんと一緒に、カニ等を試食しつつ、客引きをあしらいながら購入する店の見当をつける。だが、魚介類は直ぐには購入しない。先にチョコレートや菓子類を大量に購入しておくのだ。これらは絶対に値引きできないので何処で買っても一緒だが、大量に買えば、店によってはおまけの菓子を2〜3個付けてくれることがある。大量の菓子を抱え、目星を付けておいた店へ行く。当然、カニは外せない。9月中旬から10月下旬は花咲ガニが旬である。花咲ガニは根室付近でしか獲れず、タラバと同じくヤドカリの仲間である。茹でると甲羅が真っ赤になり、身もミソもぎっしりと詰まっていて非常に美味しい。個人的に、俺はカニの中では花咲ガニが一番好きである。花咲ガニを数匹に、イクラの瓶詰めを数本購入し、配達日時を俺の帰宅する日に指定する。「おい、おばちゃん。もっと安くなんね〜のか?」なべさんの口添えで少し割引してもらえた。さらに、ここで菓子類も一緒に配達してもらうので、送料もお得である。

  和商市場内        勝手丼(1000円程度)

 次にいよいよ朝食だ。130円のご飯を購入し、ネタを選んで乗せてもらう。ここで下手に迷っていると、ご飯の熱でネタがダレてしまうので、スピーディーに注文する。小樽で食べ損なったウニ、店ごとに味付けが微妙に違うイクラ、今が旬の秋刀魚の刺身、珍しい鯨肉、安くて新鮮なイカ。サービスでトビコを付けてくれた。これで1,000円程度は安い。「ぅお〜し!食うべ。」なべさんと一緒に勝手丼をかき込む。「うめぇっ!!」今回の旅二回目になる"まるも口調"の二重奏だ。新鮮な魚介類を、朝から腹一杯食べられるとは何という幸せだろう。

今年もお世話になるファミリア

 「おえ!レンタカーまで送ってくべ。」なべさんの言葉に我に返った。そうだった。俺の旅はこれからが本番なのだ。今日から四日間、車をレンタルする。昨年と同じマツダレンタカーだ。豊田市民の俺がマツダ車を借りるのは裏切りのように思われるかも知れないが、単純に安いのだから仕方が無い。某旅行雑誌を持参し、さらに会員になると、四日間借りても二万円でお釣りが来る。車種はこれまた昨年と同じファミリアだった。ナビは最新のものが取り付けられている。
 車に乗り込み、エンジンをかける。低いエンジン音が俺の鼓動とリンクする。「また会うぞ〜。ぅおえ〜!」なべさんが四駆の車窓から手を振った。今日は宅直なのに、わざわざ付き合ってくれたなべさんに心から感謝した。本当にいい人だ。
 「ありがとう、なべさん!また会いましょう。」さよならは言わない。何故なら二週間後には東京の研修で再開する予定だからである。俺は手を振り返し、車をスタートさせた。「……希望に燃えて 集いし理由あり22名〜♪」背後から、なべさんが陽気に歌う養成所校歌が響いてきた。



2 屈斜路湖へ


シラルトロ湖

 釧路市街を抜け、国道391号を北へ走る。昨日までは時折小雨がぱらつくことがあったが、今日は青空が広がっている。俺の心掛けの良さの証明だろう。

 一旦市街を抜けると、真っすぐな道にただ森や湿原、牧草地が広がる風景となる。
 こういった風景の中を走ると、改めて北海道へ来た事を実感できる。この道は丁度、釧路湿原を雄大に蛇行する釧路川を縫うように北へ続いているため、途中何度も釧路川にぶつかることになる。
 釧路川は、今回の最初の目的地である屈斜路湖から流れ出し、釧路で太平洋にそそいでいる全長約130キロの河川である。

 途中、小さな湖があったので車を停めた。シラルトロ湖という、観光客にはあまり知られていない湖だ。実は、このシラルトロ湖の湖底には糸状のマリモが堆積しているという。
 マリモというともちろん阿寒湖が有名であるが、阿寒湖のマリモは天然記念物に指定されているので、採取が禁止されている。観光地でよく見かけるお土産のマリモは、採取が禁止されていないシラルトロ湖のマリモを漁業者が採取し、お土産マリモ業者が丸めて製品として出荷しているのだ。マリモの堆積する湖ということだが、天気が良いせいかなかなか綺麗だ。こんな一寸した寄り道で、面白い景勝地に出会えてしまうのが嬉しい。

屈斜路湖

 さらに北上し、屈斜路湖に到着する。屈斜路湖は日本最大級のカルデラ湖で、周囲は約57km。南から東にかけてはいくつもの温泉が湧き、無類の露天風呂好きの俺にはたまらない。今回は屈斜路湖の南から東岸沿いをぐるりと周って、摩周湖方面へ抜けるつもりだ。
 まず俺は、屈斜路湖南部の和琴半島を訪れた。
 和琴半島はひょうたんのような形をした小さな半島である。キャンプ場もあり、多くのライダーが訪れている。半島の付け根部分には緑色をした池のような露天風呂がある。ここは人通りが多いし、湯も綺麗とは言い難いので、入浴するのは遠慮することにした。
 半島の周囲には、全長4km程の遊歩道がある。半島の先端にはオヤコツ地獄という温泉が噴出す場所があるのだが、今回は時間節約のため先端までは行かなかった。そのかわり、遊歩道の途中にある簡素な小屋の中にある温泉に入ることにした。幸い誰もいない。一応脱衣場はあるが、湯舟は一つだけで混浴である。湯舟は長方形の木製の枠があるだけで、足を浸けると砂が当たり、不思議な感覚がする。以前入ったときは非常に熱い湯であったが、今日は適温である。よかった。熱かったら、湖から水を汲んで、湯をうめないといけなかった。
 続いて、屈斜路湖東岸に沿って北へ車を走らせる。次はコタンと呼ばれる温泉だ。この温泉は、広大な屈斜路湖に密接した、非常に眺めのいい温泉である。ちなみにこの温泉は一応、男湯・女湯の区別がある。温泉の中央に大きな壁のような岩があり、駐車場から見て右側が男湯、左側が女湯と、この岩だけで区別しているのだ。当然、温泉の正面にまわればどちらも丸見えである。
  コタンの湯        コタンの湯から屈斜路湖を望む

 男湯の方は先客が何人かいた。俺も、周りの岩場に服を脱ぎ捨て入浴する。目の前には、湯とほぼ同じ高さで屈斜路湖が広がって見える。まるで湖の中にいるような感覚で、爽快である。
 「こんにちは。どちらから来たんですか?」先客の20代後半位の男性が声を掛けてきた。「愛知からです。」「私は埼玉なんですよ。」埼玉出身のこの男性は、列車を中心に旅をしているらしい。「鈍行列車を使って、ゆったりと旅をするというのもいいものですよ。」時刻表や、路線図を熟知していれば確かにそういった旅もいいかもしれない。あまり計画性のない俺には合わないかも知れないが。
 そうしている間にも、多くの男性ライダー達が次々と温泉に入ってくる。なかなか人気の温泉のようだ。反面、女湯の方に入る人は全くいなかった。女性ライダーは,近くまでは来るものの,入らないで立ち去ってしまう。確かに、岩一枚の仕切りでは入りづらいだろう。こういう時、女性は損だと思う。
 コタンを後にし、さらに北上すると、今度は砂湯という看板があった。ここは、湖畔の砂を掘ると、湯が湧き出ることで有名である。売店の前にはクッシーのハリボテがあった。クッシーとは、以前屈斜路湖で目撃された謎の生物で、今ではすっかり砂湯の名物として定着し、クッシー饅頭等も売られている。湖岸に行くと、確かにあちこち掘り返したような跡がある。しかし、人一人が入れる程掘るのは難しいだろう。
  クッシー        砂湯。掘ると湯が出る

 さて、屈斜路湖は十分堪能した。そろそろ摩周湖へ向かうとしよう。今日は突き抜けるような快晴で、摩周湖の美しさは格別であろう。想像すると心が躍った。



3 摩周湖


  硫黄山        温泉卵(確か5個600円だったか)

 摩周湖に向かう途中、硫黄山に立ち寄った。硫黄山は、アイヌ語でアトサヌプリ(裸の山)という。その名の通り、ここは剥きだしの岩場と、もうもうと立ち込める噴煙が見えるだけの風景である。周囲は硫黄の匂いが立ち込めている。噴き出すガスのせいで植物も生えない荒涼とした風景だが、観光客が多いせいかあまり寂しい雰囲気はない。
 商魂逞しそうな親爺が、蒸気で作る名物の温泉卵を売っている。しかし、売っているのは五個単位だ。何故こういった場所の温泉卵は一個ずつ売ってくれないのか?一人旅の人間に、卵は五個もいらないのだ。

  カントリーキッチンちゅっぷ        とろりんこカレー。パンも自家製

 さて、温泉卵も食べられなかったためそろそろ腹も減ってきた。ちょっと寄り道し、昼食にしよう。391号沿いにある「カントリーキッチンちゅっぷ」というライダー等にも有名な店を選んだ。「とろりんこカレー」(850円)はドライカレーの上に半熟のオムレツが乗って、なかなかの美味だ。

 再びルートを戻し、摩周湖に向かう。摩周湖の展望台は現在三つ。摩周第一展望台と摩周第三展望台、そして裏摩周展望台である。今回の旅はこの三つの展望台を全て周るつもりだ。俺はまず,摩周第三展望台を訪れた。摩周第三展望台は駐車場も無料で、売店等はない。客も疎らであった。近年、俺は第一展望台と裏摩周展望台しか訪れなかったので、ここを訪れるのは学生の時以来になる。さて…、どんなものか?

  摩周第三展望台        摩周第三展望台2

 ………これは、凄い!俺は、摩周湖には何度も訪れ、その美しさは十二分にわかったつもりでいた。だが、ここまで晴れ渡った空の下での摩周湖の蒼さは、今まで見た摩周湖の中でダントツであった。俺は湖面の蒼に吸い込まれそうな感覚に襲われ、呆然と立ち尽くしていた。
 しばらく湖面を眺めた後、俺は夢中でデジカメのシャッターを切った。俺は、場所を変え、角度を変え、とにかくこの風景をかたちに留めようと努力した。実際に、後から確認してみると、この摩周第三展望台の写真が異常に多かったのである。俺は、同じ「晴れた摩周湖」でも、その美しさに違いがあることを初めて知った。

  摩周第三展望台3        摩周第三展望台4

 続いて、俺は摩周第一展望台を訪れた。ここは観光バスも停まる、最もメジャーな展望台である。駐車場も有料で、売店も充実している。ちなみにここの駐車料金は、先程訪れた硫黄山の駐車料金と込みである。
 うん、美しい。だが、ここでの風景は第三展望台の風景程、感動がなかった。微かに雲が横切っていたためか、時間的なものもあるのか、少しくすんで見えたのだ。それだけに、俺が先程、あれだけ感動する風景に出会えたのは非常にラッキーだったと言えるだろう。
 「一枚撮って頂けないでしょうか?」
 俺が風景を撮影をしていると、初老の夫婦が話しかけてきた。
 「いいですよ。」俺は快く引き受けた。
 「いいですか?撮りますよ。」
 定年後の旅行だろうか。実に羨ましい。上品そうな婦人が微笑みながら話しかけてくる。
 「あなた。昨日釧路にいましたよね。革ジャンが印象に残っていて。」
 話を聞いてみると、この夫婦も昨日釧路に泊まったらしい。摩周湖を抜けて、これから屈斜路湖の宿を目指すという。つまり俺とは反対回りということだ。それにしても、釧路の街を徘徊していたのを見られていたとは。悪い事はできないな。

  摩周第一展望台        摩周ブルー

 売店では、ここだけでしか売っていない「摩周ブルー」というソフトクリームが売っていた。少しヨーグルトっぽいような酸味がある。これから先は、阿寒湖、オンネトーを抜け、今夜の宿である「鹿の子温泉」へ向かうことになる。まだまだ走ることになりそうだ。ソフトクリームをなめながら、俺はしばしの休憩をとった。



4 鹿の子温泉 (かのこおんせん)


  オンネトー        山道を行く

 摩周湖を十二分に堪能した俺は、今夜の宿である常呂郡置戸町の「鹿の子温泉」に向かうことにした。ナビで検索すると思いっきり遠回りに案内し、200キロ以上と表示されたが、うまくショートカットすれば、走行距離にして100キロちょっとというところか。途中、昨年も立ち寄ったオンネトーに寄り道したため、周囲は既に暗くなり始めている。暗い山道を抜け、常呂川沿いを走り、ようやく「鹿の子荘」の看板を見つけた。心細い木製の橋を渡ると、ひなびた民宿が建っている。鹿の子温泉といっても温泉街ではなく、宿はここ、「鹿の子荘」だけである。

 部屋は非常に簡素な和室で、TV以外は何もない。一泊二食付きで5,500円という格安な宿であるから贅沢はいえないが。俺は夕食までの時間、温泉に入ることにした。
 ここにはなかなか良い温泉があると評判を聞いており、俺は非常に楽しみにしていた。以前仕入れた情報では、ここは非常に巨大な岩に囲まれた岩風呂で、男湯と女湯の境界に水車があるだけの半混浴であるということであった。だが、現在は水車は撤去され、間に板が張られていた。少し残念である。
  鄙びた雰囲気の鹿の子荘        鹿の子荘の岩風呂

 さて、いよいよ入浴だ。週末だというのに浴場には他に客はおらず、貸し切り状態である。敢えてメジャーな層雲峡等の温泉地を避けて正解だったようだ。岩から垂れ下がったホースからは、大量の湯が豪快にかけ流しになっていた。湯は無色透明のアルカリ性単純温泉で、ぬるぬるした感触がある。湯の温度も適温で実に気持ちいい。これなら、いつまででも入っていられそうだ。そうしているうちに夕食の時間が近付いてきた。

 夕食は一階の食堂に準備されていた。他の宿泊客を観察したが、ひなびた温泉らしく若い客は皆無である。こんな山奥なので、山菜等の食事をイメージしていたが、予想に反してテーブルは魚介類で埋まっていた。カニや海老、刺身等でけっこうな品数だ。何故かメインはフカヒレの姿煮で、仰天してしまった。ちなみにデザートはシュークリームだ。安価な宿泊料で、これだけの料理と温泉が楽しめるとは…。北海道に来て本当に良かったと思える瞬間である。
  鹿の子荘の夕食        フカヒレの姿煮

 夕食後、俺は少し外出することにした。山奥で外灯も無く、既に周囲は真っ暗である。当然娯楽施設は何も無い筈だが、地図からダムがあることがわかった。
 暗い山道を車で数分走ると「鹿の子ダム」が見えてきた。照明もほとんど無いため真っ黒い水面が広がっている。だが、顔を上げると目が覚めるような満天の星空である。まるで、幾千の星が降り注いできそうであった。照明の少ない山の中だからこそ、これだけの星が見えるのだ。
 昨年は友人達と別海のキャンプ場で星空を眺めた。俺は、今年もこうして北海道の星空を眺められることに感謝した。そして、流れては消える星に、俺は来年も旅ができるよう願った。
 少し冷えてきたな。長い間、星空を眺めていたため首も痛くなっていた。"よし!もう一度あの温泉に入ろう"と心に決め、俺は車のキーを回した。

 もう一度温泉に入り、十分温まった俺は直ちに布団に飛び込んだ。アルカリ性の強い温泉の効能か、肌がツルツルしている。"素晴らしい温泉だ。気に入った!明日の朝も入ろう…"等、ぼんやりと考えているうちに、俺は次第に眠りに落ちていった。





to be continued…


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