旅日記北海道編2003 再訪(2)

 HP「塀の中の懲りない面々」に連載中


第二日目 釧路の夜霧が身に沁みるわけで


1 列車にて


 翌朝早く、俺は札幌駅を訪れた。札幌から釧路までは「特急スーパーおおぞら」で約4時間かかり、ちょっとした列車の旅となる。列車の旅といえばやっぱり駅弁だ。それだけに駅弁のセレクトは重要である。これから行く道東では海鮮三昧になる予定なので、今回は渋めに「北の黒牛弁当」決めた。

北の黒牛弁当  列車がゆっくりと走り出す。小さな赤ワインのボトルを開け、車窓から流れる風景を眺める。俺の旅に乾杯だ。腹も減ってきて駅弁を食べたいところだが、まだまだ開けるには早い。できるだけ景色が綺麗になってから駅弁を食べるのが俺流なのだ。列車がトマムを越え、窓からは広大な牧場や森、川しか見えなくなる。よし、そろそろいいだろう。俺は一人合掌し、弁当の包みを開いた。
 …いい香りだ。丹念に育てられた宗谷黒牛の焼肉は軟らかく、札幌玉葱と絶妙なコンビネーションである。米自体も非常に美味しい。この米は、最近盗難事件で話題になった「ほしのゆめ」である。車内販売のヨーグルトもなかなか美味しい。眠くなったら眠り、景色を見てはワインを飲む。優雅な列車の旅は、幸せな気分にしてくれる。

 車窓から太平洋が見えてきた。いよいよ終点に近づいてきた証だ。俺は胸の高鳴りを感じ始めていた。釧路は俺の心の故郷である。



2 喫茶ローゼ


高架から釧路を見下ろす

 釧路に到着した俺は、駅付近の安宿にチェックインし、直ぐに外出の支度を始めた。釧路を訪れた時、必ず寄る場所があるのだ。
 喫茶ローゼを訪れるのは今年で四年連続である。

 この喫茶店を経営している渡邊松子さんは、俺の研修同期である"なべさん"のお母さんであり、長年、フクロウの写真を撮り続ける有名な写真家として知られている。近年、道内だけでなく、東京でも写真展を行っており、全国的にその名前を知られているのだ。

 ローゼの店内にはフクロウの写真が飾られ、この店を訪れたお客さんが置いていったフクロウの置物が所狭しと並べられている。釧路ではフクロウの喫茶店として有名だ。

 俺がまだ看護の研修を受けていた3年前、初めてこの店を訪れた俺のため、なべさんのお母さんは店を閉めてまで釧路の街を案内してくれた。釧路の名物である炉端に連れて行ってくれたり、俺が食べたいと言ったザンギ(鶏の唐揚げ)を買ってきてくれたり、さらに貴重なフクロウの写真を何枚もくださった。言葉に尽くせないほどのもてなしをしてくださったのだ。それから俺は、釧路を訪れた時は、何を置いても喫茶ローゼに駆けつけることにしている。

なべさんと再会  一年振りの喫茶ローゼだったが、お母さんは変わらぬ笑顔で俺を迎えてくれた。カウンターに座った俺に、新作のフクロウの写真と珈琲を勧めてくれる。ここは珈琲の味も格別なのだ。生憎、なべさんは東京に出張中だという。出張を終え次第、ローゼに来るというなべさんを待たせてもらうことにした。

 お母さんが苦労して撮影した三羽の子フクロウの写真を眺めながら、俺は近況を話した。ローゼには、その間もひっきりなしにお客が訪れ、そのお客一人一人にお母さんは声をかけていく。俺は何故この店が多くの人に愛されているかがわかった気がした。

 二杯目の珈琲をおかわりしたところで、どこからか聞き覚えのある歌声が聴こえてきた。
 「アっホ面さげてぇ、アっホみたくぅ〜♪うだつのあがらねぇ奴はぁ、投ぁげ飛ばせぇ♪」この曲は紛れも無く、オリコンチャート58位を記録したなべさんの名曲、「うだつのあがらないサラリーマンの哀歌(エレジー)」だ。
 丁度、東京からの出張を終えた、なべさんが帰って来たのである。
 「おえ〜!生きてたか?」俺達は固い握手を交わした。



3 竹老園


 なべさんのお母さんにお礼を言い、俺達は喫茶ローゼを後にした。なべさんは竹老園という蕎麦屋を予約していると言う。蕎麦屋といっても、竹老園は創業明治7年、皇族も御用達の老舗である。
 初めて訪れた竹老園は門構えも風格があり、奥には庭園もあり料亭のようである。庭園には滝や橋、鹿のオブジェ、小さめの大仏があり、ここが一体何処なのか一瞬わからなくなる。入口付近は広いテーブル席があり、そこで蕎麦をすする数人の若者の方を指差しながらなべさんが言った。
「向こうは庶民用だ。今日は座敷を用意してるべや。」
 なるほど。庭園を見渡せる位置に、明らかにVIP用といった雰囲気の座敷がある。なべさんはわざわざ座敷を取ってくれていたのだ。
竹老園:特製品コース  「特製品コースでいいべ?」
 特製品コースとは、"かしわぬき"というスープ、蘭切り蕎麦、茶蕎麦、蕎麦寿司のコースで、蕎麦とはいえなかなかのボリュームだ。
 まず"かしわぬき"をすする。「うめぇっ!」この"まるも口調"は三年経っても直らない。続いて蘭切り蕎麦、茶蕎麦だ。「薫り高けぇ!!」同期と会うとついこの口調が出てしまう。上質の蕎麦粉に、それぞれ卵黄、抹茶を加えている。麺類の好きな俺にはたまらない。最後は蕎麦寿司だ。蕎麦を海苔巻きにし、隠し味に生姜を使い、甘酢で調味されている。歯応えのある蕎麦を海苔が包み込み、絶妙なハーモニーである。これならいくつでも食べられそうだ。

 外は小雨が降り始めていた。庭園が雨に濡れ、何ともいえず風情がある。「いつもは庭に猫が沢山いるんだけどな〜。うぉ〜い出て来い。猫、猫〜!」なべさんのキャラクターは全く変わっておらず、一年振りという気がしない。俺達は時間を忘れて語り合った。



4 釧路の夜


釧路の夜

 なべさんと別れた俺は、一旦ホテルに戻った。明日からはレンタカーで長距離を走ることになる。身体を安め、体調を万全にしておかねば。少し仮眠を取った後、時計を見ると午後9時過ぎだ。俺は夜の釧路を散策することにした。

 革ジャンを羽織っても、冷たい空気が身に沁みる。9月下旬の釧路は、夜になれば5〜6℃まで冷え込むのだ。釧路の歓楽街には多くのスナックや炉端が軒を連ねている。寒い中、薄着で客引きする水商売のおねえちゃん、千鳥足の酔漢。まるで昭和にタイムスリップしたようだ。立ち込めた夜霧が街灯に照らされ、遠くで汽笛が聞こえる。港町独特の風情がどこか懐かしい。

 俺は一軒の寿司屋を訪ねた。「繁寿司(しげずし)」というなべさんが紹介してくれた店で、親爺さんが一人でやっている。釧路といえば炉端のイメージがあるが、新鮮な魚介類が豊富なだけあって、当然美味い寿司屋も多いのだ。
 俺が繁寿司に入ると、お客は誰もいなかった。一瞬躊躇したが、なべさんの紹介なら間違いはあるまい。カウンター席に腰掛け、なべさんに紹介されたことを告げると、親爺さんは長島茂雄似の人懐っこい笑顔を見せた。
繁寿司

 「W邊さんと同じ仕事をされてるんですね。大変ですね〜。」熱いお茶を出してくれた。
 とりあえず一通り握ってもらうことにする。ケースの中のネタはどれも新鮮そのものだ。平目に中トロ、トロサーモン、カニ、ボタンエビ…。一対一なので次々と出てくる。
 「明日はどちらの方に行かれるんですか?」「屈斜路湖から摩周湖の方を周って、阿寒の方に向かいます。」俺が答えると、親父さんはわざわざ地図まで出してきて説明してくれた。合理的なルートのこと、摩周湖のエピソード等だ。親爺さんは俺が北海道は初めてだと思っているらしい。俺は一生懸命な親爺さんの話に水を差してはいけないと思い、話を合わせて頷いた。その間も次々と寿司は出てくる。イクラにウニの軍艦、海老の赤ダシ。どれもこれも素晴らしく美味い。一人前が終わったので、生ダコとツブ貝を追加した。
 「ご馳走様。美味しかったです。」俺が席を立つと、親爺さんがすかさず言う。「2,500万円です。」最後にお約束の親爺ギャグが出た。

 これだけ食べて2,500円とは。どうしてお客が入っていないかわからない。釧路も不景気なのだな。店を出ると、夜霧はさらに深く立ち込めていた。





to be continued…


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