旅日記北海道編2002 友情

 HP「塀の中の懲りない面々」に連載中


序章


旅立ち  ある人が言った。「日常に疲れたら旅をしなさい。それも100キロ以上遠くへ。自宅から100キロという境界は,日常を忘れさせることができる物理的距離なのだ。」と。その言葉を守っているわけではないが,俺は毎年夏休みになると遠くへ,主に北海道を旅している。北海道なら距離的には十分だ。

 俺が北海道に憧れをもつようになったのは,小学生のころ遊んだ「オホーツクに消ゆ」というアドベンチャーゲームがきっかけだったように思う。このゲームは当時流行っていた推理物で,主人公は連続殺人の犯人を追って北海道中を旅するのだ。実際には数時間かかるような遠い場所も一瞬で移動してしまうという,北海道の広大さを無視したシステムは置いておいても,俺はこのとき間違いなく北海道に魅了されたのだ。その美しい自然,アイヌ語を語源にした不思議な地名。いつか旅してみたい,幼い俺は強く思った。もっとも,実際に北海道へ旅立つことになるのは,金や時間がある程度自由になる大学入学まで待たねばならなかったのだが。

 今回の旅立ちは時期を少し遅らせた。航空券が安くなり,こうるさい学生達の夏休みも終わっている9月中旬だ。少し寒いだろうが道東の方では紅葉も始まっているかもしれない。
 名古屋空港で荷物を預ける際,キャンプ用のガスを取り上げられてしまった。客席に持ち込まなければいいと思ったのだが考えが甘かったようだ。例のテロ事件以来,持ち物のチェックが確実に厳しくなっている。午後8時の新千歳行きの飛行機に乗り込み,窓の外を眺めた。エンジン音が大きくなるに従って俺の胸も高鳴っていくのを感じる。俺の心は,もうとっくに北の大地に飛び立っているのかもしれないな。

 飛行機が動き出し,加速を始めた。夜間のフライトは初めてだ。遠ざかっていく名古屋の夜景を見下ろしながら,これから始まる旅と北の大地に思いを馳せた。
 そう,俺の旅はこれから始まる…。



札幌


札幌時計台  札幌に到着したのは午後十時を過ぎていた。テレビ塔の照明は消えていたが,さすがは眠らない街…。まるで昼間のように人が行き交っている。札幌にはテレビ塔があり,中央公園が長く伸びている。そのためかどこか名古屋に似た印象を受ける。
 今日は,札幌市内に住む大学時代の友人・森のアパートに泊めてもらうことになっている。森は残業のため少し遅れて現れた。毎日,午後十一時近くまで残業とは。ほとんど定時で帰宅している俺には驚きである。いろいろ文句を言っても俺の職場は恵まれているらしい。

 森に「五丈原」というラーメン屋に連れて行ってもらった。有名店だけあって店の外まで長い行列ができている。行列の最後尾に加わると,数分もしないうちに次々と後ろに人が並んでくる。俺の後ろに並ぶのは飲みに行った帰りらしいおっちゃん達四人で,やたらとご機嫌に話しかけてくる。「よぅ,兄ちゃん。この店美味いのかい?何がおすすめだい?」「有名なのは塩とんこつですよ。チャーシューおにぎりも美味しいです。」森が答えた。「そうかい。ありがとうな。お礼にこれをやるよ。」差し出された包みはなんと毛ガニである。何でこっちの人はこんなにフレンドリーなんだ!俺達は遠慮なくカニの包みをいただいた。

 三十分程並んで,ようやく席に座ることができた。定番の塩とんこつラーメンとチャーシューおにぎりを注文する。チャーシューおにぎりは自慢の自家製チャーシューをふんだんに使って150円。ラーメンも650円と良心的な値段だ。ラーメンは特製の塩ダレと,濃厚だがそれ程しつこくないとんこつスープが融合し絶妙な味だ。さすがは名店の貫禄である。
 ふと横を見ると先程カニをくれた四人のおっちゃん達である。「しょうゆ四つね!」「やっぱりラーメンといえばしょうゆだよ。」…おいおい。結局しょうゆかよ!!さっき質問した意味は?他人の話など聞いちゃいない。どこか仙台のスタンド使いの面影を感じさせるおっちゃん達のパワーに圧倒されながら,俺と森は店を出た。振り返ると,行列は先程よりさらに長く伸びていた。







釧路


喫茶ローゼ

 札幌駅から「特急スーパーおおぞら」で約四時間。俺が今回の旅の拠点とする釧路の街に到着した。この街でレンタカーを借り,道東を周るつもりである。この日,俺は一年振りに懐かしい人と再会する予定だ。通称なべさん。俺の八王子学生時代の同期で,共に看護を学び,地獄のような特殊訓練に耐えてきた同志である。釧路で生まれ育ったなべさんは豪快な性格で,八王子の街に数々の伝説を残した男である。ある時,同じく同期であるミッチー&Y小が,居酒屋で酔ったうだつのあがらないサラリーマン達に喧嘩を売り,怒ったサラリーマン達が誠和寮に乗り込んできたことがあった。その時,六人のサラリーマン達を次々と投げ飛ばし撃退した光景は,まるで昨日のことのように俺の瞼に焼きついている。


 「おえ〜!」待ち合わせの場所に現れたなべさんはあのころと全く変わらない。「おえ〜」というのはなべさん独特の呼びかけで,「おい。」と同じ意味である。俺達はそのまま「喫茶ローゼ」に向かった。「喫茶ローゼ」とは,なべさんのお母さんが経営する釧路の喫茶店で,そのコーヒーの味は格別である。また店中に飾られたエゾフクロウの写真は,すべて写真家であるお母さんが撮影したもので,フクロウの喫茶店として釧路では有名なのだ。俺がこの店を訪れるのは今年で三年目だが,なべさんのお母さんには寿司をごちそうになったり,写真をいただいたりと毎回お世話になっている。喫茶ローゼは外装も塗り直し,お客さんの入りも良好な様子である。何よりお母さんが元気そうで良かった。

  檜 店の前      檜店内

 次に,なべさんの案内で,ろばた「檜(ひのき)」に向かった。「檜」は繁華街から少し離れた位置で営業している。通りには誰一人歩いていないのに店内に入るとすでに満席に近く,ようやく二人分のカウンター席を確保した。道東の魚介類の美味さはよく知っているが,この店の実力は果たして?
 まず付け出しから違っていた。まるで刺身の盛り合わせである。「すげぇっ!」続いて運ばれきたのは,今が旬の秋刀魚やつぶ貝の刺身だ。思わず,なべさんと顔を見合わせる。「うめぇっ!」久し振りに出たM川口調の二重奏だ。この味は本州ではなかなか味わえない。さらに焼き物はホタテとホッキの串,さらに定番のホッケだ。通称「聖子帆立」は名前の通り肉厚で,一口では食べきれない。俺達は限界まで魚介類を食べ漁った。

  ウエストポートのマスター      ウエストポートにて,乾杯

 続いて俺達が向かったのはバー「ウエストポート」である。小さな店の中には世界中の酒が集まっている。北朝鮮の酒さえ網羅されているのだ。今日もマスターの人柄に魅かれた常連さんたちが次々と集まってきている。俺がこの店に訪れるのは一年振りだが,マスターは覚えていてくれた。今回も俺のお茶好きに因んで,お茶に関係したカクテルを作ってくれた。まずは新作のカシスウーロンで乾杯する。PCからは洋楽が流れ,俺達の再会を祝福してくれた。次にマスターは紅茶のカクテルを作ってくれた。紅茶も一杯ずつ湯を沸かし,マスターが選び抜いたお茶の葉から入れてくれる。さすがはこだわりのカクテル,酒に弱い俺でも何杯でも飲めそうだ。他のお客さんも会話に加わり,道東の自然のこと,音楽のこと,酒のこと,様々なことを話した。ゆったりと流れる時間が心地いい。
 なべさんは今夜は一旦別れるが,明日も途中まで旅に付き合ってくれるという。道東は庭であり,素手で熊さえも撃退したというなべさんが一緒ならこんなに心強いことはない。


和商市場


 翌朝,俺達は和商市場で再会した。北海道三大市場の一つに数えられる和商市場は,釧路駅の近くにあり,新鮮な魚介類をはじめ青果,雑貨等の店が約八十店舗,釧路市民の台所として軒を連ねている。ここで有名なのが「勝手丼」だ。勝手丼とは,まず,総菜屋でご飯を買い,一切れ単位で売っている刺身等を好きなように乗せていくもので,昔,この市場のとある店の主人が貧乏ライダー達にご飯を買ってこさせ,刺身を乗せてあげたのが始まりといわれる。ご飯は小から特大までそれぞれ100円から300円位までだ。勝手丼は,のんびり選んでいると折角の新鮮な具がご飯の温度でダレてしまう。優柔不断な人は,市場を一通り回り,どの具を乗せるか決めてからご飯を購入するといいだろう。

 それにしてもここでの客寄せには参ってしまう。ススキノの呼び込みはだいぶ静かになったらしいが,ここはまだ賑やかだ。少しでも物欲しそうな顔をして足を止めるといろいろ買わされてしまうから注意が必要である。早足で歩きながらめぼしい物を探し,試食を差し出されたらしっかり食べる。でも,興味なかったら「あとで来ます。」と言ってやり過ごす。これがベストだろう。

  和商市場      勝手丼

 さて,一通り見て回ったのでいよいよ勝手丼にチャレンジだ。朝食なので,俺は欲張らずに普通盛りの丼にした。具は,イクラに秋刀魚の刺身,そして珍しい鯨の刺身だ。これで丁度1000円。いい買い物をした。なべさんはイクラ一色だ。朝から新鮮な魚介類に舌鼓を打つ。実に幸せだ。ちなみに惣菜屋ではカニの鉄砲汁等も売っている所もあるので,ご飯だけで物足らない人は購入するといいだろう。



新たな旅立ち



今回の相棒  いよいよ俺の本格的な旅がスタートする。三日間レンタカーを借り,道東を周るのだ。今回の旅の目標は二つ。オンネトーとチミケップという二つの湖を見ること,そしてサロマ湖でカニを食べること,それ以外は特に決めていない。三日間で行きたい場所へ,行けるところまで行く。その時の気分で行き先は変わるだろう。ただ,今夜の宿だけはサロマ湖の民宿を予約してある。とりあえず釧路から北上し,秘湖といわれるオンネトーとチミケップを見て,夜までにサロマ湖を目指そうと思う。
 今回の旅の相棒はマツダのファミリアだ。何故,豊田市民の俺がトヨタでなくマツダレンタカーで車を借りるのか?理由は簡単,安かったからだ。愛車プリウスに慣れた俺には少し違和感があるが,それでも燃費が良く小回りがきくファミリアは一人旅にはぴったりだ。なべさんの愛車が俺の前に停まった。窓が開き,なべさんが片手を挙げ合図をする。「行こうぜ,おえ〜!」オンネトーまで同行してくれることになったのだ。

 さあ,旅立ちだ。北の大自然を心に刻もう。



to be continued…


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