旅日記北海道編2007 花詞(2)第2日目@ 桃岩荘8時間コース 前編 未明。控えめに設定した携帯のアラームで、俺は飛び起きた。通常時間で午前4時50分。暗い中、身支度を済ませ、食堂オープンと同時に慌しく朝食を食べる。 朝食は予想通り質素なものだったが、この時間に朝食を用意しているということは、これを作ったヘルパーさん達は4時前位から起きているんだろう。仕事とはいえ、大変なことだ。
外に出ると、なかなかいい天気みたいだ。近くの駐車場まで歩き、バスに乗り込む。直接、スタート地点のスコトン岬まで行けるので、かなり時間短縮できるみたいだ。
車内では、簡単な自己紹介タイムが始まった。今日、桃岩荘8時間コースを歩くのは9名。 リーダーは、爽やかな笑顔のS藤さん(男)、その連れのS藤さん(女)、サブリーダーは、群馬のライダーN野さん(女)、30代後半位で眼鏡のTさん(男)、そして外国人男性のロバートとジェフ、同じく女性のジュディにマリー。最後に俺。外国人4人の名前は忘れてしまったので、仮名である。 朝早かったので、うとうとしているうちにバスはあっという間に「スコトン岬」に到着した。
スコトン岬は、礼文島最北端にある岬だ。緯度では日本最北端の宗谷岬にわずかに及ばないが、最果ての雰囲気では負けていない。 8時間コースとは、正式には「愛とロマンの8時間コース」という。8時間とはいうものの、健脚な人でも10時間以上かかる過酷な行程の中で、実際に愛が生まれることもあるらしい。 前回、星観荘に泊まった時に歩いたのは、通称「逆8時間コース」という。礼文島南東の香深井から歩き出し、島の西海岸を南から北へ、ゴールのスコトン岬まで歩くものだ。今回歩く桃岩荘の8時間コースは、逆にスコトン岬をスタートし、北から南へ、ゴールの桃岩荘を目指し歩くものだ。距離的には、全長役6・3キロメートルの礼文林道を縦断する分と、そこから礼文島西海岸の果てにある桃岩荘までの行程をプラスする分、2時間程度余分に歩くことになる。どの位過酷かわからないが、兎に角実際に歩いてみるしかない。
平原にポツンと建つ宿「星観荘」を横目に歩く。一昨年泊まった宿だ。今年も明日以降お世話になる予定である。外観は前回とまったく変わっていないようだ。
草の生い茂った一本道を、一列になって歩いた。鮑古丹の海岸沿いには、ウニの殻がゴロゴロと落ちていた。最高級のエゾバフンウニを食べる日本一贅沢なカラス達の仕業である。
そうこうしているうちに、最初の難関「ゴロタ岬」が目の前に立ち塞がった。ゴロタ岬は、前回の旅の際2度通ったが、かなり辛かった記憶がある。だが、今回北側から山頂を目指すのはそれ程苦にならなかった。
綺麗だ。海の蒼、草原の緑…。黄色いのはエゾカンゾウで、白いのはセリの仲間だろう。この景色に会いたくて、俺はまた礼文に来たのだ。
ゴロタ岬頂上から南側へと下っていく。長く急な階段も、下りならそれ程苦にならなかった。階段を下り終えてから上を見上げると、眩暈がしそうなほど急な階段だったことがわかる。前回の旅では、この階段を2回上っているが、これを今すぐ上れと言われたら、ちょっと躊躇してしまうだろう。
ゴロタ岬からしばらく歩くと、「ゴロタ浜」に出る。舗装された道から外れ、皆で海岸を歩く。ここには、2005年の旅日記にも書いたが、通称「穴あき貝」という穴のあいた貝殻が沢山落ちている。ついつい拾いすぎて、十個以上拾ってしまった。
さて、ここ「ゴロタ浜」は、穴あき貝ばかりに目が行ってしまいがちだが、礼文島の海が本当に綺麗だということを実感できる場所である。打ち寄せる波の透明感、空を映し出したブルーは、筆舌に尽くし難い。流れ着いた漂流物さえなければ完璧なのだが。
海岸から道路に戻る。ここは、鉄府(てっぷ)という小さな集落だ。地面に大量の昆布が干してあった。 さて、余談になるかもしれないが、ここで今回8時間コースを歩く際に用意した物を紹介しよう。
まず、ペットボトル(500ミリリットル)4本(スポーツ飲料2本とお茶2本)。
次に、ウィダーインゼリー2パック。
続いて、黒糖。
最後に栄養ドリンク。 こんな感じで、前回、熱中症になってリタイアしかけた経験から、水分、栄養補給に関しては準備万端である。 話を戻して、鉄府でのトイレ休憩の後、再びコースは上りになる。
背の高い草の中を、細く長い一本の坂道が伸びている。俺達は、一列になってその坂道を上っていった。振り返ると、海の蒼さが美しかった。 いくつかの丘を越えると、見通しのいいガレ場に出る。足場の悪い中を懸命に登ると、ようやく西上泊の海と集落が見下ろせた。ここまで来れば「澄海岬(すかいみさき)」はあと少しだ。
赤い鳥居をくぐり、潮風に吹かれながら澄海岬の駐車場に向かう。澄海岬は、礼文島有数の観光地なので、大型バスが何台も行き来している。8時間コース中、ちゃんとした売店があるのは、スコトン岬とここだけだ。ここで、しっかり水分補給をしていかないといけない。
しばらく休憩した後、澄海岬の展望台に向かう。まだ、コースの3分の1も歩いていない筈だが、坂道を上るとけっこう足にきているのがわかる。
港を抜け、民家の庭付近をすり抜けると、コースは再び上りになる。墓石や、小さな畑等、住民の生活感が感じられる。背の高い草をくぐり、陽射しと草いきれの中、俺達は無言で坂を上って行った。 再び、見通しが良くなった。ここからは、南へ向かう長い長い草原のコースだ。比較的なだらかだが、道の両端に笹が生い茂る、単調な景色が続く。
礼文島は、海からの強風の所為か、背の高い樹木が少ない。この笹原の道は、それが最も顕著に感じられる。あまりに単調な道なので、皆無口になっていた。 数キロメートルに及ぶ笹原の道を抜け、ちょっとした広場に出る。前回、昼食の時に利用した花畑だ。まだ午前11時位で昼食には早いので、先を急ぐことにする。
今度は鬱蒼とした森のコースだ。森に入ると、さらに景色的には面白くなくなるが、皆、無言で進んでいく。
前回、熱中症にかかった直後に、首や頭を冷やした命の水である。水は以前と同じく冷たかった。俺は、再びタオルを濡らして頭を冷やした。
その後も、時折道の隅にレブンウスユキソウが咲いているのを見つけた。前回の旅の際は、それ程沢山見られなかったのだが、今回は実によく目についた。時期が良くて多く咲いているのか、それとも精神的に余裕があるからか。
レブンウスユキソウは、アルプス山脈に咲くエーデルワイスの仲間で、礼文町の町花にも指定されている礼文を代表する花だ。 以前教えてもらったが、エーデルワイス、つまりウスユキソウの花言葉は、「尊い思い出」とか「大切な思い出」、他に「勇気」や「忍耐」という意味もあるそうだ。何とも8時間コースに相応しい花ではないか。
今回の旅もまた、俺にとってきっと「大切な思い出」になるのだろう。
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