旅日記北海道編2007 花詞(3)





第2日目A 桃岩荘8時間コース 後編




後零時半、「砂すべり」の手前辺りの広場に到着し、昼食にする。桃岩荘名物の「圧縮弁当」だ。広場は海からの風が強すぎるので、皆で木立の陰に座り、弁当を広げた。
 梅干に海苔、佃煮といったシンプルこの上ない弁当だが、ご飯の量だけがやたらと多い。パックにこれでもか!って感じにご飯が詰まっている。
 味については全然期待していなかったのだが、カロリー消費が著しかった所為か、やたらと美味しく感じられ、あっという間に完食してしまった。

   砂すべり直前のはげ山にて    圧縮弁当

 さて、いよいよ8時間コースの中盤、「砂すべり」に差し掛かった。

 砂すべりとは、「愛とロマンの8時間コース」と命名される所以となる場所で、砂や小石の露出した急な斜面のことだ。ここを降りるとき、怖がる女性に対し、男性は手を差し伸べるのがお約束だそうだ。実際に、結婚に至ったカップルもいたとか。
 前回通った時は逆コースだったので、横に設置された急な階段を上った。あの時は、熱中症になりかけていたので本当にきつかった。
 さて、今回は名前通り「砂すべり」を滑り降りてみよう。ズサズサとゆっくり滑っていく。これは楽しい!

  砂すべり直前  砂すべり  砂すべりを終えて

 近くを滑り降りていたサブリーダーのN野さんがふらついたので、思わず手を差し伸べる。時間にして数秒、手を繋いだ状態で滑り降り、ちょっとドキドキした。
 なるほど、確かに愛が生まれることもあるかもしれない。

 砂すべりを終えると、コースは海岸線となる。皆で岩場に腰掛け、ちょっとだけ休憩した。外国人旅行者のジェフが、突然無言で立ち上がり、大きな岩に登っていった。おいおい、大丈夫か?まだあんなに余力があるとは…。

   アナマ    ジェフが上った岩

 ジェフが無事帰ってきたので、再び歩き始める。海岸には、ハングルやロシア語が書かれた漂流物がゴロゴロと落ちている。この海岸線は、けっこう大きな岩も転がっていて、非常に歩きにくい。途中、ピョンピョンと岩を飛びながら進むような場面もあり、疲れた足にはけっこう厳しかった。だが、ここを乗り切れば数少ない休憩場所「宇遠内(ウエンナイ)」の集落だ。

  海岸を行く  岩場を越えて  再び海岸を行く

 「宇遠内に行けば、飲み物くらいは売ってますよね。」N野さんが尋ねた。
 「食堂で売ってると思うよ。前はトコロテンを売ってて、美味しかった。」
 「本当ですか!」
 そんな会話をしながら、海岸を歩いた。
 遠くに集落が見えてきた。午後2時過ぎ、宇遠内に到着した。

  集落が見えてきた  食堂・ひと休み  バイオトイレ

 宇遠内は、徒歩以外は船でしか来ることのできない、まさに陸の孤島である。ここには、おばちゃんの切り盛りする食堂「ひと休み」があり、絶好の休憩スポットなのだが、なぜか「ひと休み」のガラス戸は固く閉められており、入ることはできなかった。

 宇遠内で、リーダーのS藤さんは桃岩荘に途中経過を電話連絡するはずだったのだが、ガラスの向こうの黒電話は使用できない。もちろん携帯電話の電波も、宇遠内では届かないのである。

 「ひと休み」でのトコロテンやウニを楽しみにしていたのだが、おばちゃんが留守では仕方がない(後で聞いたが、今は営業していないらしい。)。
 水分補給を楽しみにしていたN野さんは落胆していた。仕方なく、俺達は空のペットボトルに水道水を詰め込んだ。
 水をたらふく飲み、バイオトイレで小用を済ませ、俺達は再び歩き出した。いよいよ8時間コースも佳境である。




びコースは山道となる。3km程の宇遠内歩道だ。だいぶ疲れの溜まってきた足に、上り坂はこたえる。俺は、ついにウィダーインゼリーに手を出した。

  コースは再び上りに  峠を振り返って  斜面一面のエゾカンゾウ礼文林道入口

 微かに元気を取り戻し、坂を上る。途中、斜一面に咲いたエゾカンゾウが見事だった。


 続いて、コースはトドマツ等が鬱蒼と生い茂る林となる。

 林を黙々と進むと、「ウエンナイ」入口と、車両通行止の看板の立つ分岐点に着いた。ここを右折し、全長約6・3kmの長い長い「礼文林道」に入っていく。

 ここからは、ほぼ平坦な道だ。
 舗装されていない道は、歩くと濛々と砂埃が上がる。時々車も通るので、気を付けないといけない。

 N野さんや他のメンバーと話しながら歩いた。N野さんは驚いたことに、明日は俺と同じ星観荘で泊まるそうだ。

 外国人メンバーにも話しかけるが、どうも上手く会話が続かない。自分の英語力のなさが情けなかった。

 両サイドは背の高い草、見えるのは青い空だけという道を延々と歩いていると、突然目の前に利尻富士がヌッと顔を出した。

   礼文林道の平坦な道を行く    利尻富士が見えた

 「OH!FUJIYAMA!!」
 ジュディー達が歓声を上げた。
 「OH!RISHIRI−FUJI!」
 俺も釣られて叫ぶ。

 利尻富士が見えたお陰で、下がり気味だったテンションが一気に上がった。景気付けに、切り札に取っておいた栄養ドリンクを一気飲みする。林道を歩くごとに、利尻富士はさらに大きく姿を見せていった。

   利尻富士がだんだん大きくなる    目の前に迫る利尻富士

 午後4時47分。「レブンウスユキソウ群生地」に到着した。
 ここは、礼文林道の中間地点でトイレもある。群生地というだけあって、斜面に沢山のレブンウスユキソウが咲いていた。N野さんがメンバー全員に飴を分けてくれ、少し休憩した。これが最後の休憩になるだろうか。

   レブンウスユキソウ群生地にて記念撮影    レブンウスユキソウ

 再び林道を歩き出す。見通しが良くなり、利尻富士がさらに大きく姿を現した。目の前一杯に広がる利尻富士…。すごい迫力だ。

   利尻富士    利尻富士をバックに

 礼文林道も終わり、コースはアスファルトになる。フェリーターミナルから桃岩荘へ向かった道だ。桃岩荘まではあと数kmだろう。だが、その数kmが物凄く長く感じる。
 足はパンパンに腫れていた。身体を前に倒し、無理矢理進む。遠くに桃岩の尖った頂が見えた。さあ、ラストスパートだ。

   遠くに桃岩    桃岩トンネルを行く

 桃岩トンネルを抜けると、一気に景色が開ける。近くで見る桃岩の大きさは圧巻だ。徒歩だからこそ感じられる迫力だろう。

   桃岩    桃岩アップ

   遠くに桃台猫台と猫岩    振り返って桃岩を見る

 曲がりくねった道を、一歩一歩歩いていく。「桃台猫台」が見えてきた。さらに桃岩荘の赤い屋根も…。

 桃岩荘がだんだんはっきり見えてきた。屋根の上には小さく人影も見える。俺達に向けて叫んでいるようだ。
 「見返り坂」を降りるころ、屋根の上の人影がはっきり見え、叫び声も届いて来た。

   桃岩荘の赤い屋根    出迎えの人達が

 「おかえりなさ〜〜い!」

 「ただいま〜〜!」

 俺達も声を振り絞って答える。
 いつしか屋根の上のヘルパーさん、玄関の前のお客さんたちは、手拍子をつけて歌っていた。
 疲労からもつれる足で、懸命に坂を下る。砂利でズルズルと滑り、非常に歩きにくい。だが、最後は笑顔でゴールしよう。

 午後5時52分。俺達はついに桃岩荘の8時間コースを完歩した。


 お約束通り、ヘルパーさん達が屋根の上で直立不動で待っていた。
 玄関の前にはお客さん達が拍手で出迎えてくれる。

   屋根に並ぶヘルパー    屋根から出迎え

完歩記念  俺達は、屋根の上のヘルパーさん達の号令で、玄関前に整列した。何と、最後の締めに歌って踊るらしい。
 (え〜っ!疲れた身体で、まだ歌って踊るの〜!?)
 内心思ったが、儀式なので仕方がない。
 疲れた身体に鞭打って、例の「ぎんぎんぎらぎら夕日がしずむ〜♪」等を踊った。
 まだ明るいのであまり感じなかったが、スコトン岬を出発して約11時間も経っているのだ。よく歩いたものだ。

 完歩者全員で、玄関の前で記念撮影する。皆、よく日に焼けていた。
 ヘルパーさん達の仕切りで、圧縮弁当のゴミ等を分別して捨て、全身や靴の埃をしっかり払って桃岩荘に入る。何から何まで合理的に考えられているのだと感心した。



呂に入って、さっぱりしてから夕食を食べに行く。今日は、ジンギスカン風の鍋が付いて、昨日よりは少しだけ豪華だ。大量にカロリー消費していた所為か、大盛りによそったご飯がとてつもなく美味しかった。

   二日目夕食    鍋

 「そぉれ、ミーティング〜♪」(ドドンドドン♪)
 食事中、昨日と同じようにヘルパーさん達がミーティングのお知らせに来たが、今日は2日目だしそれ程急いで行かなくてもいいか、という雰囲気だったので、のんびり食事を続けた。

 食後は、皆で分担して食器を片付ける。洗う人、すすぐ人、拭く人等分担すると、合理的だ。食堂等を出入りする時の「行ってきます。」「ただいま。」もすっかり慣れてしまった。二日目の夕日

 俺はすぐにはミーティングに行かず、夕日を見に行った。
 海上が曇っているので、綺麗に沈む姿は見られなかったが、それでも感慨深いものを感じて、俺は一人、夕日に見入っていた。もっと夕日が綺麗に見られる日は、「落陽」を歌いながら「夕日を沈める儀式」をするらしい。

 少し遅れてミーティングの輪の中に加わった。二日目なので、余裕をもって少し後ろに座る。
 ヘルパーさん達が寸劇を続けていた。ネタは毎日違うらしい。十泊以上してもネタは被らないというから驚きだ。

 歌唱指導のコーナーでは、「島を愛す」の中で「利尻」と言ってしまった人に、お約束通り罰ゲームが与えられていた。
 今日の罰ゲームは、ヘルメットとスコップを渡されて、「礼文岳を2,000メートルの山にするため土砂を運ぶ」というものだった。

   罰ゲーム    踊るS藤さんとN野さん

 その後、今日の8時間コースの完歩者代表として、リーダーのS藤さんと、サブリーダーのN野さんが前に出され、感想等を聞かれた後、「ぎんぎんぎらぎら」を踊らされていた。S等さん、N野さん、本当にお疲れ様!

 桃岩荘には、毎年ヘルパーさん達が協力して作る「今年の歌」というものがある。今日、過去何十年もの歌詞カードから選んだのは、2006年の曲「自分らしく」だった。

   泣いて笑ってやさしくなって 僕は僕らしく生きよう
   泣いて笑ってやさしくなって 君は君らしく♪

 たった一度聞いただけのこの曲のサビが、いつまでも頭を離れなかった。
 床を踏み鳴らして、歌って踊って、自分をさらけだして…。桃岩荘での二日間は、普段では出せない自分を出すことができた。

 素直に生きていくことは、実はとても難しい。自分らしく、素直でいること…。仕事をしていると易々とはいかないことだ。だが、もう少しだけでも肩の力を抜いてもいいんじゃないか?そう思えた。

   泣いて笑ってやさしくなって みんなで唄っておどろう
   泣いて笑ってやさしくなって 歩いていこう♪

 昨日と同じく、唄って踊って、ミーティングは締めくくられた。

   寸劇    歌囲炉裏の間にて記念撮影

 ミーティング後、N野さん達と一緒に、ラッパやタンバリンを持って、明日8時間コースを歩く人に天気予報をお知らせする。
 例の、「明日の天気は?」「曇りのち晴れ!」「晴れだ〜!やった〜!」(ドンドンドン♪プ〜ッ♪)っていう奴だ。

 明日は風が強いらしい。まあ、足も痛いことだし、明日は原付でも借りてのんびりしよう。
 それにしても、明日の8時間コース参加者は、ご老人が二人だけみたいだ。大丈夫か?

 消灯までのわずかな時間、俺は囲炉裏の間で過ごした。一緒に8時間を歩いた仲間やヘルパーさん達と雑談し、記念写真を撮る。桃岩荘は、ルールの厳しい昔ながらのユースホステルなので、もちろん飲酒は禁止である。ガラナジュースを片手に、今日の8時間コースのことや、これからの旅の予定等を語り合った。
 明日は早起きして、眼鏡のTさんと一緒にウニ丼を食べに行こうということになった。

 売店で、記念に「桃民」と書かれたトレーナーを購入する。実は、このトレーナー購入が、後に大英断であったと判明するのだが、この時の俺はそれを予想だにしていなかった。

 名残惜しいが、あっという間に消灯の時間となる。ベッドに横になると、俺は疲れのあまり眠さを認識する間もなく、急速に意識が消失していた。



to be continued…


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