旅日記北海道編2007 花詞(1)





第1日目 初!桃岩荘


セントレアにて

月上旬。中部国際空港から、わずか2時間程のフライトで、俺は最北の地・稚内に立っていた。あまりの呆気なさに、俺はまだ最北の街に到着したという実感がつかめずにいる。


 4月下旬。超割の予約期間に、辛うじて中部〜稚内の切符を片道だけ手に入れた俺は、1週間の夏休みを礼文島で過ごすことに決めた。最近の俺は、長距離移動型の旅よりも、一箇所滞在型の旅が好きになりつつある。

 今回の目的は、一昨年の礼文島滞在中に気になった名物ユースホステル「桃岩荘」に泊まること、桃岩荘の8時間コースを歩くこと、そして、前回気に入った「星観荘」を再訪することだ。
 星観荘は人気の宿なので、2ヶ月前から予約を入れた。
 桃岩荘は定員が多いため、予約が取れないことはないらしい。宿泊2週間位前に電話したところ、女性のヘルパーさんの対応が物凄く丁寧で驚いた。
 「食事も特別なものは出ませんし、歌とか踊りとかをする、ちょっと変わったユースですが、大丈夫ですか?」と念を押されたのが印象的だった。

 出発が近くなると、いつも落ち着かなくなる。俺は、意味もなくカーナビで礼文島を検索したり、礼文に関する本を読み漁ったりしながら、熱病に罹ったように仕事に身の入らない日々を過ごした。

 運良く、急な仕事の変更等入らず、出発の日を迎えることができた。だが、ひとつだけ誤算があった。中部国際空港へは、家の近くから出ているバスで向かうつもりだったが、出発しようと思っていた時間帯、7時台、8時台のバスが1本も出ていないことに気が付いた。9時台のバスに乗ると、到着がフライトの時間ギリギリになってしまう。稚内行きは、セントレアから1日1便しからいので、乗り遅れたら大変だ。俺は、リスク回避のため、6時台のバスに乗ることにした。
 こうして、俺は7時過ぎにはセントレアに到着してしまい、フライトまで約4時間を空港で過ごすことになった。


     宗谷丘陵と利尻富士    天売、焼尻両島が見える

 多くの飲食店や土産物店等を擁するセントレアだが、流石に1時間も歩き回れば見尽くしてしまう。俺は、きしめんをすすりながら飛び立つ飛行機を眺めて時間を潰した。


っとフライトの時間になった。稚内に直接飛び立つのは初めてだ。エンジン音とともに、俺の心も高揚していく。順調なら、今日の午後には稚内に着き、夕方には礼文島に着いているというのが何だか信じられなかった。

 期間限定のアップルマンゴージュースを飲みながら寛いでいると、あっという間に北海道上空に差し掛かる。遥か下に見える二つの島影は、天売と焼尻だ。ここまで来れば、稚内まであと少しだ。

 稚内上空からは、オロロンラインとモコモコとした宗谷丘陵、利尻富士が見えた。
 こうして俺は、驚くほど呆気なく、稚内に到着した。肌寒さは感じるが、今ひとつ最北の地に来たという実感がない。

 稚内空港から礼文島に渡るフェリーターミナルへは、空港からバスが出ている。稚内空港は初めてなので、バス乗り場がわかるか不安だったが、空港出入り口の目の前だった。空港の職員に、バスの発車時刻を尋ねると、「乗客がみんな降りてくるまで待ってますよ。」とのことだった。あまり焦る必要はなかったようだ。バスに乗り込み、車窓からの風景を楽しむ。バス代は590円だった。

 フェリーターミナルに到着した。礼文行きの最終便は午後3時10分。まだ少し時間があったため、俺は遅い昼食をとることにした。

   「おもて」    「おもて」のウニ丼

 フェリー乗り場目の前にある、食堂「おもて」でウニ丼を食べる。イクラを適度にちりばめたウニ丼は、味噌汁と魚が付いて2,000円となかなかお得である。

 いよいよ出航の時間だ。フェリー内はそれなりに混みあっていたが、座るスペース位は確保できた。わずかな時間だが、船旅を楽しむとしよう。俺は、客室と甲板を行ったり来たりしながら、気の向くまま海鳥等を撮影した。

 一通り船内を歩き回り、撮影を終えると、特に何もすることもなくなってしまう。今度は、船内の人々を観察した。
 相変わらず、年輩の人が多い。8割以上はそうだろうか?見たところ、若者はほとんどいないようだ。星観荘や桃岩荘に泊まりそうな雰囲気の人は見当たらなかった。

   フェリーにて    船尾の海鳥

   海鳥    甲板にて

がて、利尻富士が次第に大きくなり、礼文島らしき緑色の島影も見えてきた。「利尻慕情」の歌が流れ、気分がさらに高揚する。いよいよ礼文に上陸だ。船から見た港の風景
 港で目を引くのは、やはり桃岩荘のヘルパーさん達だ。大きな旗を振り回しながら大声で叫んでいる。「おかえりなさ〜い。」という声が、船上まで響いてきた。

 「お〜い。桃岩荘〜!」
 間近で聞くとさらにでかい声だ。あまりのインパクトに、久々の礼文上陸の感動も忘れてしまった。船から下りた俺は、叫び終えた直後のヘルパーさんに恐る恐る声を掛けた。

 「お帰りなさい。お待ちしていました。」思いっきり普通な対応だったため、拍子抜けしてしまった。そう。多くの人は、歌ったり踊ったりしている姿しか見ていないため、誤解されがちだが、ここのヘルパーさんは実にしっかりしていて、話すと極めてまともなのである。

 青い幌が特徴的なトラックに向かうよう案内され、俺は車に向かった。後ろから、「お〜い!桃岩荘!」の声が追いかける。そう。この「お〜い!桃岩荘!」は、離れた場所にいるヘルパーさんに、お客が向かったことを知らせる呼びかけなのだった。

   桃岩荘の出迎え    ブルーサンダー号エース

 青い幌の車「ブルーサンダー号エース」の前に着くと、ヘルパーさんが手際良く荷物を積んでくれた。

 荷台に乗り込むため、通称・豪華お立ち台(酒屋の黄色いケース)をヘルパーさんが荷台前に置いてくれ、さらにヘルパーさんが「今日の手すり」と称して、満面の笑みとともに手を引いてくれる。荷台の中は、俺の他、外国人の男女や日本人カップル等、合計7人程で一杯になった。星観荘の車もそうだが、礼文では道路交通法は適用外らしく(?)、荷台内はベンチが二つ向かい合うように置いてあって、見た目より大人数が乗れるようになっている。バイクの人は、後から追って来るらしい。
 さて、一緒に乗り込んだヘルパーさん曰く、このブルーサンダー号エースは、ただエンジンを掛けるだけでは走り出さない。乗客全員の「発車オーライ!」の掛け声があって初めて走り出すのだ。
 声とアクションが合わなかったので、一回やり直し、全員の「発車オーライ!」の掛け声で、ブルーサンダー号エースは走り出した。
 さて、迎えに来てくれた二人のヘルパーさんを紹介すると、運転手はマイカルさん、一緒に荷台に乗り込んだのはツチノコさんだという。桃岩のヘルパーさんは、それぞれユニークな名前が付けられている。

 ツチノコさんがクイズ形式で、島のことを紹介してくれた。礼文島には信号機がいくつあるか?答えは「二つ」。さらに、8時間コースのことや、「桃岩時間」のことなど。桃岩時間とは、日本の標準時間より30分進んだ時間で、桃岩荘でのスケジュールは全て桃岩時間で表示される。フェリーの時間等に遅れないために決められたことらしい。宿の時計も桃岩時間に合わせてあるのだ(宿泊者同士が時間の話をすると、「それって桃岩時間?」みたいな会話になり、けっこうややこしい。)。

桃岩トンネル(後日撮影)  車がトンネルに差し掛かった。有名な?「桃岩トンネル」だ。
 「もぉもぉいわぁっタ〜イムトンネル〜!時空が歪むぅ〜!」ツチノコさんの絶叫とともに、車は蛇行し、クラクションが鳴り響く。ツチノコさん曰く、ここから先は日本で唯一、時差がある(前述した桃岩時間のこと)という。

 そして、ここから先、捨てなければいけない物が三つあるそうだ。その三つとは、知性・教養・羞恥心
 ツチノコさんの、「この三つはここでポイっと捨てて下さい。」との指示で、皆、アクション付きで「知性!、教養!、羞恥心!」とトンネルめがけて投げ捨てた。特に、「羞恥心!」の時のアクションはかなり恥ずかしいことを追記しておく。
 ただし、「帰る時は忘れずに拾っていって下さい。」とのことだ。

 幌の隙間から時々見える風景は、初めて礼文を訪れた時に感動した礼文島西海岸だ。この景色が見たかったのだ。礼文島西海岸の景色は、同じ礼文島内でも特に美しく、異質である。

 未舗装の道をガタガタと降りていく。いよいよ桃岩荘に到着だ。いやが上にも気分が高まってくる。
 「オーライ!オーライ!」ブルーサンダー号エースが、玄関に向けバックし始め、荷台を玄関ギリギリに付けた。

   いよいよ桃岩荘内へ    ブルーサンダー号エース内部

 荷台から、直接宿の中に入るようだ。桃岩荘に初めて泊まる人は先頭に行くよう促される。
 玄関が開くと、ヘルパーさんや宿泊客が皆、正座して待ち構えていた。
 「おっかえりなさ〜い!!」
 ラッパや鳴り物の音とともに一斉に出迎えてくれた。
 俺たちも「ただいま〜!!」と返す。これが、桃岩荘名物の出迎えか!

 まず、宿泊者カードに必要事項を書いて受付をする。記入しながら、周囲を見渡す。ここが桃岩荘か…。


岩荘は、約140年前の鰊番屋を改造して作った歴史ある建物だ。吹き抜けになっている広い広間「囲炉裏の間」をぐるりと取り囲むように、中二階には沢山の二段ベッドが備えられている。男子が寝泊りする、通称「回転ベッド」である。囲炉裏の間の周囲の壁には、巨大な和凧や、変色した歌詞等が貼られている。黒光りするほど時代のある柱や梁…。噂には聞いていたがすごい建物だ。

  囲炉裏の間  歌詞と凧  俺の寝たベッド

 手続き後、ヘルパーさんが、宿のルールや設備等を面白おかしく説明してくれた。

 さて、ここからが慌しい。夕方のミーティングまでに、夕食と風呂を済ませなければならない。荷物を指定されたベッドに置きに行き、とりあえず夕食だ。

桃岩荘の質素な夕食

 夕食は、完全なセルフサービス。準備だけじゃなく、片付けや皿洗いも自分でする。昔のユースホステルはみんなこんな感じだったのだろう。
 メニューは、噂通り質素だった。まぁ、最初から覚悟していたので気にならない。
 皿洗いを済ませたら、次は入浴だ。風呂は、食堂を通り抜けた奥にある。ちなみに、ホールとか食堂に入るときは「ただいま。」、出るときは「行ってきます。」と、必ず挨拶しなければならない。これは、慣れないとかなり戸惑う。風呂は普通の家庭風呂だ。
 ついでに、トイレについても書いておくが、所謂「汲み取り式」で、「大」の方は、使用後に「自動洗浄器(水を入れたペットボトル)」で、自分で流さなければならない。こんなことを書くとイメージが悪くなるかもしれないから補足しておくと、トイレ等は清掃が行き届いていて非常に清潔である。

 入浴を済ませると、今日「8時間コース」を歩いた人達が丁度帰ってきた。ベッド近くの窓から見ていると、ヘルパーさん達が総出で出迎えていた。俺も、明日は8時間コースを歩くつもりだ。  ミーティングまで少し時間があったので、外に出てみる。宿の真正面に礼文島西海岸。申し分のないロケーションである。さらに、礼文島三大奇岩「猫岩」「桃岩」が目の前だ。この宿に泊まらないことには、この特等席からの景色は見られない。それだけでも、この宿に泊まる価値はあると思う。

   猫岩が見える    8時間コース完歩者の出迎え

 ベッドに戻り、しばらくすると、「そぉれ、ミーティング〜♪」(ドドンドドン♪)「そぉれ、ミーティング♪」(ドドンドドン♪)というヘルパーさんの歌(お知らせ)が聞こえてきた。急いで囲炉裏の間に下りる。


炉裏の間に、十数人位のお客が集まった。外国人も数人混じっている。初めて泊まる俺は、前の方に座るように促された。皆で体操座りして待っていると、ヘルパーさんたちが雪崩れ込んできた。

 今後、桃岩荘に泊まる人のためにあまり詳しく書かないが、まずはヘルパーさん達が寸劇で場を和ませ、その次は礼文島の紹介になる。これは結構為になった。
 その後は、歌の時間だ。一昔前のフォークソングとか、スピッツみたいなけっこう最近のものまで。「空も飛べるはず」なんて、久々に歌った。そして、ヘルパーさん達が毎年作る「今年の歌」なんかもある。時々、ヘルパーさん達の寸劇が入る。こっちもテンションが上がっているため、それがけっこう笑えるのだ。
 それにしても、ヘルパーさん達が寸劇とかで登場する時は、いつも全速力でダッシュする。裸足でそんなに思いっきり走って、足の小指を打ったり、爪を剥がしたりしないのだろうかと、ついつい痛い想像をしてしまう。

   歌    全力で駆けるヘルパー

 そして、歌唱指導のコーナーだ。桃岩荘のテーマソングともいうべき「島を愛す」を何度も歌う。ヘルパーさん達曰く、礼文で「利尻」という言葉は禁句らしい。「島を愛す」には、利尻という言葉が何箇所かあり、それを他の言葉に置き換えて歌うのがルールだ。しかし、桃岩荘1泊目の客に、その禁句を言葉巧みに言わせて、ヘルパーが、「あ゛〜っ!その言葉を口にしてしまうとは〜!」と崩れ落ち、言った人には罰ゲームが待っているというのがお約束らしい。その罰ゲームは、「今、香深で採掘中の温泉を、桃岩荘まで引いてくる」というものだった。ちなみに、この罰ゲームや、ヘルパーさんの寸劇は毎日変わるみたいだ。

   寸劇    ギンギンギラギラ中


後に、メインである歌と踊り。今までは、座って歌っていた客も全員立ち上がり、歌い踊るのだ。主に、童謡とか古いアニメソングのメドレーだ。港でよく目撃してインパクトのあった例の「ぎんぎんぎらぎら(夕日)」とか「月光仮面」とかを実際に自分が歌い踊ることになるとは…。
 歌はわかるが、振り付けはぶっつけ本番なので、とにかく、目の前のヘルパーさんの動きを必死に真似る。ついて行くのがやっとだ。
 終わると、せっかく風呂に入ったのに汗だくになっていた。こんなに必死に歌ったり、踊ったりしたのはいつ以来だろうか?

 最後に歌うのは「遠い世界に」。桃岩荘では、この曲で締めるのが伝統らしい。静かな歌なのだが、3番の「明日の世界をさがしに行こう♪」の部分を、「明日の〜 せかい ぅおっ うおっ ぅおおおっ! さが〜しに行こう♪」と「を」の部分で拳を高く突き上げて歌うのが桃岩流だ。

 そして、ヘルパーさんの挨拶で締めくくられる。今まで歌って騒いでいたヘルパーさんが、急に真面目に訥々と話し始めるものだから、しんみりとしてしまい、何だか目頭が熱くなった。

 さて、休む暇なく、今度は明日「8時間コース」を歩く人の説明会が始まる。場所を2階の食堂に移した。集まったのは、俺を入れて9名の大所帯。そのうち4人が外国人というインターナショナルなチームだ。
 今日、8時間コースを歩いた人達が、ゲストとして天気予報を教えてくれる。

 「明日の天気は?」
 「曇りのち晴れ!」
 「晴れだ〜!やった〜!」(ドンドンドン♪プ〜ッ♪)

 「最高気温は?」
 「○○℃!」
 「涼しい〜!」(ドンドンドン♪プ〜ッ♪)

 こんな感じで、ヘルパーさんと、完歩者のお天気情報が続く。どうやら明日は天気も良く、絶好の8時間コース日和らしい。
 リーダーとサブリーダーを決め、明日の説明を受ける。リーダーはS藤さん。カップルのうちの男性の方だ。二人とも苗字が佐藤なので、結婚しているとばかり思ったが、苗字が同じなのは偶然だという。サブリーダーは群馬から来ている女性ライダーN野さん。

 明日は5時前に起床だ。人数が多いため、桃岩の駐車場までバスが来てくれることになった。通常だと、香深からスコトン行きのバスに乗るのだが、通常のバスより早く着くし、料金もお得である。昼ご飯の「圧縮弁当」を注文し、洗顔等を済ませると、もう消灯の時間だ。通常時間の午後10時、桃岩荘は完全な闇に包まれる。

 ベッドに横になると、まだ拍動が早く、興奮が冷めていないのを感じる。だが、明日のためには早く寝ないと。周囲から聞こえる微かな寝息を聞くうちに、俺の瞼は重くなっていった。



to be continued…


次へ       戻る



[HOME]   [TITTLE]   [1]   [2]   [3]   [4]   [5]   [6]



inserted by FC2 system