旅日記北海道編2007 花詞(1)第1日目 初!桃岩荘 7月上旬。中部国際空港から、わずか2時間程のフライトで、俺は最北の地・稚内に立っていた。あまりの呆気なさに、俺はまだ最北の街に到着したという実感がつかめずにいる。
今回の目的は、一昨年の礼文島滞在中に気になった名物ユースホステル「桃岩荘」に泊まること、桃岩荘の8時間コースを歩くこと、そして、前回気に入った「星観荘」を再訪することだ。 出発が近くなると、いつも落ち着かなくなる。俺は、意味もなくカーナビで礼文島を検索したり、礼文に関する本を読み漁ったりしながら、熱病に罹ったように仕事に身の入らない日々を過ごした。
運良く、急な仕事の変更等入らず、出発の日を迎えることができた。だが、ひとつだけ誤算があった。中部国際空港へは、家の近くから出ているバスで向かうつもりだったが、出発しようと思っていた時間帯、7時台、8時台のバスが1本も出ていないことに気が付いた。9時台のバスに乗ると、到着がフライトの時間ギリギリになってしまう。稚内行きは、セントレアから1日1便しからいので、乗り遅れたら大変だ。俺は、リスク回避のため、6時台のバスに乗ることにした。
多くの飲食店や土産物店等を擁するセントレアだが、流石に1時間も歩き回れば見尽くしてしまう。俺は、きしめんをすすりながら飛び立つ飛行機を眺めて時間を潰した。 やっとフライトの時間になった。稚内に直接飛び立つのは初めてだ。エンジン音とともに、俺の心も高揚していく。順調なら、今日の午後には稚内に着き、夕方には礼文島に着いているというのが何だか信じられなかった。 期間限定のアップルマンゴージュースを飲みながら寛いでいると、あっという間に北海道上空に差し掛かる。遥か下に見える二つの島影は、天売と焼尻だ。ここまで来れば、稚内まであと少しだ。
稚内上空からは、オロロンラインとモコモコとした宗谷丘陵、利尻富士が見えた。 稚内空港から礼文島に渡るフェリーターミナルへは、空港からバスが出ている。稚内空港は初めてなので、バス乗り場がわかるか不安だったが、空港出入り口の目の前だった。空港の職員に、バスの発車時刻を尋ねると、「乗客がみんな降りてくるまで待ってますよ。」とのことだった。あまり焦る必要はなかったようだ。バスに乗り込み、車窓からの風景を楽しむ。バス代は590円だった。 フェリーターミナルに到着した。礼文行きの最終便は午後3時10分。まだ少し時間があったため、俺は遅い昼食をとることにした。
フェリー乗り場目の前にある、食堂「おもて」でウニ丼を食べる。イクラを適度にちりばめたウニ丼は、味噌汁と魚が付いて2,000円となかなかお得である。 いよいよ出航の時間だ。フェリー内はそれなりに混みあっていたが、座るスペース位は確保できた。わずかな時間だが、船旅を楽しむとしよう。俺は、客室と甲板を行ったり来たりしながら、気の向くまま海鳥等を撮影した。
一通り船内を歩き回り、撮影を終えると、特に何もすることもなくなってしまう。今度は、船内の人々を観察した。
やがて、利尻富士が次第に大きくなり、礼文島らしき緑色の島影も見えてきた。「利尻慕情」の歌が流れ、気分がさらに高揚する。いよいよ礼文に上陸だ。
「お〜い。桃岩荘〜!」 「お帰りなさい。お待ちしていました。」思いっきり普通な対応だったため、拍子抜けしてしまった。そう。多くの人は、歌ったり踊ったりしている姿しか見ていないため、誤解されがちだが、ここのヘルパーさんは実にしっかりしていて、話すと極めてまともなのである。 青い幌が特徴的なトラックに向かうよう案内され、俺は車に向かった。後ろから、「お〜い!桃岩荘!」の声が追いかける。そう。この「お〜い!桃岩荘!」は、離れた場所にいるヘルパーさんに、お客が向かったことを知らせる呼びかけなのだった。
青い幌の車「ブルーサンダー号エース」の前に着くと、ヘルパーさんが手際良く荷物を積んでくれた。
荷台に乗り込むため、通称・豪華お立ち台(酒屋の黄色いケース)をヘルパーさんが荷台前に置いてくれ、さらにヘルパーさんが「今日の手すり」と称して、満面の笑みとともに手を引いてくれる。荷台の中は、俺の他、外国人の男女や日本人カップル等、合計7人程で一杯になった。星観荘の車もそうだが、礼文では道路交通法は適用外らしく(?)、荷台内はベンチが二つ向かい合うように置いてあって、見た目より大人数が乗れるようになっている。バイクの人は、後から追って来るらしい。 ツチノコさんがクイズ形式で、島のことを紹介してくれた。礼文島には信号機がいくつあるか?答えは「二つ」。さらに、8時間コースのことや、「桃岩時間」のことなど。桃岩時間とは、日本の標準時間より30分進んだ時間で、桃岩荘でのスケジュールは全て桃岩時間で表示される。フェリーの時間等に遅れないために決められたことらしい。宿の時計も桃岩時間に合わせてあるのだ(宿泊者同士が時間の話をすると、「それって桃岩時間?」みたいな会話になり、けっこうややこしい。)。
車がトンネルに差し掛かった。有名な?「桃岩トンネル」だ。
そして、ここから先、捨てなければいけない物が三つあるそうだ。その三つとは、知性・教養・羞恥心。 幌の隙間から時々見える風景は、初めて礼文を訪れた時に感動した礼文島西海岸だ。この景色が見たかったのだ。礼文島西海岸の景色は、同じ礼文島内でも特に美しく、異質である。
未舗装の道をガタガタと降りていく。いよいよ桃岩荘に到着だ。いやが上にも気分が高まってくる。
荷台から、直接宿の中に入るようだ。桃岩荘に初めて泊まる人は先頭に行くよう促される。
まず、宿泊者カードに必要事項を書いて受付をする。記入しながら、周囲を見渡す。ここが桃岩荘か…。 桃岩荘は、約140年前の鰊番屋を改造して作った歴史ある建物だ。吹き抜けになっている広い広間「囲炉裏の間」をぐるりと取り囲むように、中二階には沢山の二段ベッドが備えられている。男子が寝泊りする、通称「回転ベッド」である。囲炉裏の間の周囲の壁には、巨大な和凧や、変色した歌詞等が貼られている。黒光りするほど時代のある柱や梁…。噂には聞いていたがすごい建物だ。
手続き後、ヘルパーさんが、宿のルールや設備等を面白おかしく説明してくれた。 さて、ここからが慌しい。夕方のミーティングまでに、夕食と風呂を済ませなければならない。荷物を指定されたベッドに置きに行き、とりあえず夕食だ。
夕食は、完全なセルフサービス。準備だけじゃなく、片付けや皿洗いも自分でする。昔のユースホステルはみんなこんな感じだったのだろう。 入浴を済ませると、今日「8時間コース」を歩いた人達が丁度帰ってきた。ベッド近くの窓から見ていると、ヘルパーさん達が総出で出迎えていた。俺も、明日は8時間コースを歩くつもりだ。 ミーティングまで少し時間があったので、外に出てみる。宿の真正面に礼文島西海岸。申し分のないロケーションである。さらに、礼文島三大奇岩「猫岩」と「桃岩」が目の前だ。この宿に泊まらないことには、この特等席からの景色は見られない。それだけでも、この宿に泊まる価値はあると思う。
ベッドに戻り、しばらくすると、「そぉれ、ミーティング〜♪」(ドドンドドン♪)「そぉれ、ミーティング♪」(ドドンドドン♪)というヘルパーさんの歌(お知らせ)が聞こえてきた。急いで囲炉裏の間に下りる。 囲炉裏の間に、十数人位のお客が集まった。外国人も数人混じっている。初めて泊まる俺は、前の方に座るように促された。皆で体操座りして待っていると、ヘルパーさんたちが雪崩れ込んできた。
今後、桃岩荘に泊まる人のためにあまり詳しく書かないが、まずはヘルパーさん達が寸劇で場を和ませ、その次は礼文島の紹介になる。これは結構為になった。
そして、歌唱指導のコーナーだ。桃岩荘のテーマソングともいうべき「島を愛す」を何度も歌う。ヘルパーさん達曰く、礼文で「利尻」という言葉は禁句らしい。「島を愛す」には、利尻という言葉が何箇所かあり、それを他の言葉に置き換えて歌うのがルールだ。しかし、桃岩荘1泊目の客に、その禁句を言葉巧みに言わせて、ヘルパーが、「あ゛〜っ!その言葉を口にしてしまうとは〜!」と崩れ落ち、言った人には罰ゲームが待っているというのがお約束らしい。その罰ゲームは、「今、香深で採掘中の温泉を、桃岩荘まで引いてくる」というものだった。ちなみに、この罰ゲームや、ヘルパーさんの寸劇は毎日変わるみたいだ。
最後に、メインである歌と踊り。今までは、座って歌っていた客も全員立ち上がり、歌い踊るのだ。主に、童謡とか古いアニメソングのメドレーだ。港でよく目撃してインパクトのあった例の「ぎんぎんぎらぎら(夕日)」とか「月光仮面」とかを実際に自分が歌い踊ることになるとは…。 最後に歌うのは「遠い世界に」。桃岩荘では、この曲で締めるのが伝統らしい。静かな歌なのだが、3番の「明日の世界をさがしに行こう♪」の部分を、「明日の〜 せかい ぅおっ うおっ ぅおおおっ! さが〜しに行こう♪」と「を」の部分で拳を高く突き上げて歌うのが桃岩流だ。 そして、ヘルパーさんの挨拶で締めくくられる。今まで歌って騒いでいたヘルパーさんが、急に真面目に訥々と話し始めるものだから、しんみりとしてしまい、何だか目頭が熱くなった。
さて、休む暇なく、今度は明日「8時間コース」を歩く人の説明会が始まる。場所を2階の食堂に移した。集まったのは、俺を入れて9名の大所帯。そのうち4人が外国人というインターナショナルなチームだ。
「最高気温は?」
こんな感じで、ヘルパーさんと、完歩者のお天気情報が続く。どうやら明日は天気も良く、絶好の8時間コース日和らしい。 明日は5時前に起床だ。人数が多いため、桃岩の駐車場までバスが来てくれることになった。通常だと、香深からスコトン行きのバスに乗るのだが、通常のバスより早く着くし、料金もお得である。昼ご飯の「圧縮弁当」を注文し、洗顔等を済ませると、もう消灯の時間だ。通常時間の午後10時、桃岩荘は完全な闇に包まれる。
ベッドに横になると、まだ拍動が早く、興奮が冷めていないのを感じる。だが、明日のためには早く寝ないと。周囲から聞こえる微かな寝息を聞くうちに、俺の瞼は重くなっていった。
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